「アオのこと?ほんとにいつか連れて行くの?」

本を閉じると、チカはじっと朱里の目を見つめてきた。

「ああ、そりゃもちろん。約束しちまったからな。本人もあんなに嬉しそうだし。まぁ…お前は寂しくなるかもしんねぇけど」

朱里の言葉にチカは寂しげに笑った。

「そうだね、アオがいなくなると寂しいよ。でもアオがそれを望むんなら仕方ないことだから」

予想外に素直な反応を見せるチカに、朱里は思わず目を丸くする。

当初と比べるとかなりの変わりようだ。


昨夜からだろうか。
チカが朱里たちに見せる表情がずいぶんと柔らかくなった。

朱里たちに対して頑なに作っていた壁が壊れたせいだろう。
ぐっと距離が縮まったような気がする。

恐らくチカの本来の姿はこちらなのだ。


「そういえばお兄さんたちって、トレジャーハンターなんだよね。今回はどうしてこの街に来たの?」

急に先ほどの寂しげな表情が一転して、好奇心に溢れた無垢な瞳が朱里に注がれた。

そこにあるのは冒険好きな少年の姿だけだった。

「ああ、それな。ちょっと前に小夜の奴が宝の情報を見つけてきてさ。居所がこの町だっていうとこまでは掴めたんだが、実際どこに宝が眠ってるのか見当もつかなくてな。このザマだ」

軽く両手を上げてお手上げのポーズをとる朱里に、チカはなぜかびっくりしたような顔を向けてきた。

「この町の宝?」

「ああ。なんでも小夜によると、ここのどこかに隠された遺跡が眠ってるんだと。今のとこどこにもそんな気配ねぇけどな」

言いつつも朱里は、心のどこかでもはや宝が見つかることを諦めていた。

ここは朱里の故郷だ。

何年もここで暮らしていたが、そんな話はかけらも聞いたことがない。

小夜には悪いが、彼女が持ってきた情報はガセの可能性が極めて高い。


朱里の言葉を反芻するように、チカは口元に手を当て何か考え込んでいるようだった。

真剣な眼差しには、その年齢に似つかわしくないほど大人びた色が浮かんでいる。

(…あれ?)

その表情に一瞬、朱里は引っかかるものを感じた。

何だろう。今何かが自分の中に引っかかった。

改めて思い出そうとするが、どうしても先ほど感じた違和感は浮かんでこない。

不思議な気持ちでチカの様子を見つめていると、チカが急に顔を上げた。

やはりどこか大人の色を帯びた瞳のまま。


(――あ。そうか)

朱里の脳内で何かが一つに繋がった。

「…ごめん。突然だけど僕やらなきゃいけないことがあるからここで失礼するよ」

何かに急かされるようにいきなり席を立ったチカを、朱里が呼び止める。

どこか緊張した面持ちで朱里を見返してくるチカの顔。

そのとき朱里の脳裏に浮かんでいるのは、ブロンドの髪の毛を持った女性の顔だった。


「昨日クロウたちを迎えに行った公園でさ」

急な話題の変化にも驚くことなく、チカはじっと朱里の顔を見つめ返してきた。

「ある女に言われたことがあるんだ。『あの子に伝えて。どこにあれを隠したのか…』」

朱里の中に生まれた予想は、今や確信に変わっていた。

公園で会った女性のブロンズ色の瞳と、目の前に立つ少年の瞳の色が重なる。


「――あの女の言ってた“あの子”って、お前のことだよな。チカ」


昨夜からずっと頭のどこかで考えていたことだった。

女の言っていたことはとにかく謎が多すぎた。

どこにあれを隠したとは言っても、その肝心の“あれ”の正体が分からない。

“あれ”って一体何のことだろう?

だがその疑問以上に朱里の頭を支配していたのが、“あの子”の正体だった。

そもそも女の言っていたあの子って誰のことだ?


それが今ようやく解決した。

チカが垣間見せた大人びた視線によって。


明らかに肩を強張らせるチカを逆に見返して、朱里は相手の言葉を待った。

チカは大きな瞳を左右に揺らしていたが、ついにそれを朱里に向けた。


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