どうしたものだろう。
何がどうしてこうなったのか見当もつかないが、とりあえずここは止めるべきなのだろうか。
本気で口元を手で押さえ込んでいるクロウを見て、小夜が一歩前に歩み寄ったときだった。
「――こら!大声出して暴れちゃダメって言ってるでしょ!」
いつの間に現れたのか、小夜の横でチカが腰に手を当てて前の三人を睨んでいた。
「あっ、チカ〜。だってさ、兄ちゃんが…」
救われたとばかりに抱えられたままのクロウが朱里を指差す。
すかさずキースも朱里を指差した。
「勘違いしないでよ。一方的に兄ちゃんが騒いでたんだ」
表情を変えずにしれっと言われ、朱里の眉間にしわが寄るのを小夜は確かに見た。
しかしチカはいつも冷静で公平だ。
クロウとキース、そして朱里の顔を順に見て、再びクロウに視線を戻した。
「また余計なことでも言ったんだね?クロウ」
朱里の腕に捕まったまま、クロウは慌てて首を振った。
「いっ、言ってないよ!第一なんで俺だけなんだよ!キースだって言ってたのに!」
「…あ。クロウの馬鹿」
キースがため息を漏らし、クロウもとっさに口を押さえるが、もはや手遅れだ。
クロウの漏らした言葉はチカの耳にしっかり届いていたようだった。
チカははたから見れば天使のような愛らしい微笑みを口元に湛えて「クロウ、キース」と、やけに柔らかい声音で二人の名を呼んだ。
「二人には今日から一週間、全部屋の掃除当番を命じる」
リーダーが下した有無を言わせぬ命令に、二人の少年はおもむろに肩をがっくりと落とした。
さすがにこれ以上の言い訳はできないと思ったのか、どちらも無言のままうな垂れている。
「じゃあさっそくだけど、朝ご飯までに食堂を掃除しておいて」
リーダーの一言で、クロウとキースは何かに急かされるように広間を飛び出ていった。
後には呆気にとられた朱里と小夜、そして飄々とした表情のチカが残される。
「…お前、よくあの二人を手なずけられたな」
尊敬の念を込めて呟かれた朱里の言葉にチカは肩をすくめると、再度朱里に顔を向けた。
「今回のことは100%あの子たちが悪かったと思う。でもね、お兄さんたちにも気をつけてもらいたいんだ。この地下では極力大声を出さないでほしい」
真剣な顔でそう言うチカに、隣に立つ小夜は首を傾げた。
「大声を出すと天井の石が崩れてきちゃうということですか?」
チカは困ったように笑うと、わずかに首を振った。
「ここで大声を出すと、外に音が漏れてしまうから危ないんだ。僕たちがここで暮らしていることは、町の人間には絶対誰にも知られたくない。もし知られてしまったら、僕らはここにいられなくなる」
一呼吸おいた後、呟くようにチカは付け足した。
「それに…この地下の存在があの人にばれちゃうと厄介だから…」
うつむき加減のチカの瞳にその瞬間影が宿ったのを、朱里は見逃さなかった。
「分かった。これからは気をつける」
チカの言葉に承諾しつつも、朱里はどこかうかがうようにチカの顔を見つめているのだった。
淡い水色の空には、はけで引いたような薄雲が浮かんでいた。
秋空を背景に、小さな丘の上に一軒の屋敷が建っている。
丘の下にのぞむレンガ造りの家々とは趣を異にした、門付きの大きな木造の屋敷だ。
そこにちょうど今、二人の男の姿が見えた。
男たちは急ぐように門をくぐると、そのまま屋敷正面の大扉の奥へ消えていった。