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第6章
空の色
まぶたの向こうに朝日を感じて、朱里はそっと目を開いた。
…というわけではなく、好奇の視線を感じて恐る恐る目を開いた。
「…何してる」
朱里の眼前には自分をのぞき込む二つの幼い顔。
言わずもがな、昨夜ベッドを共有したクロウとキースである。
朱里はまだ完全に開ききらないまぶたの下の瞳を、二人に交互に向けた。
二人は朱里と目が合うと、なぜかにんまり笑みを浮かべる。
どことなく嫌な感じの笑顔だ。
イタズラする前に子どもが浮かべるそれによく似ている。
「兄ちゃんってさぁ」
クロウが口を開くと、すかさずその後をキースが続けた。
「寝てるときの顔、普段以上にガキ臭いんだね」
「…………」
「――ふわぁ、よく眠れました…」
上半身を起こして大きく伸びをした小夜は、隣でまだ眠っているアオに目を移した。
あどけない無邪気な寝顔に思わず頬が緩んでしまう。
子を持つ母親はいつもこんな気持ちで子どもを見ているのだろうかと感傷に浸りつつ、小夜はそっと乱れた毛布をアオにかけてやった。
音を立てないよう立ち上がると、小夜は部屋を出るべく扉を開いた。
「――待て!このガキ共っ!」
小夜の髪がわずかな風にそよぐ。
…目の錯覚だろうか?
朱里によく似た一陣の風が、前の通路を駆け抜けていったような気がする。
小夜は首を傾げながら通路に出た。
しかし左右を見渡しても誰の姿もない。
「…夢、でしょうか?」
自分が寝ぼけていたのだろうかと、まぶたをごしごしこすりながら、小夜は薄暗い通路を広間に向かってのんびり歩き出した。
さすがに地下ともなると、陽の光は一切入ってこないようだ。
細かく蛇行を繰り返す通路には一定の間隔で燭台が設けられ、ロウソクの炎がゆらゆらと揺れていた。
改めて自分一人で歩いてみると、地下の空間が相当広く続いていることに気づく。
人が三人横に並ぶのが精一杯の細い通路は、未だにその終わりを見たことがない。
通路を挟んで幾つもの空間が点在し、子どもたちはそこを各々の私室として利用しているようだった。
考えてみれば不思議だ。
地下にこんな空間が広がっている。
当然自然が生み出したものではない。明らかに人工的なものである。
では、一体誰が何のために造ったのだろう?
初めは坑道かとも思ったが、それにしては鉱物を運び出すために必須のトロッコが通るレールの類が見られない。
孤児たちが棲家として利用しているところから考えると、本来の目的は既に機能していないようだった。
この通路は何のために、どこまで伸びているんだろう?
小夜は無意識のうちに背後を振り返っていた。
蛇行した通路のその先は見えない。
ただ炎の灯りがゆらゆら揺れているだけだ。
一体この通路の向こうには、何があるんだろう――。
広間に入った小夜の視界に真っ先に飛び込んできたのは、朱里の背中だった。
やはり先ほど目の前を駆け抜けて行ったのは朱里で間違いなかったのだ。
小夜はぱっと笑顔を浮かべる。
「朱里さん、おはようござ…」
しかしその笑顔は目前の現状を見てぴたりと膠着した。
「おらおら、離してほしかったらさっきの言葉を言い直せ!」
「ちょ、やめてってば!酔う!」
暴れるクロウの体を脇に抱えて、朱里がぶんぶんクロウを揺さぶっていたのだ。
二人の前ではキースが「人質をとるなんて卑怯だよ」などと非難している。
広間には他の子どもの姿は見られなかった。
まだ起きていないのか、それとも他の部屋にいるのか。
朱里は背後に佇む小夜の姿にも気づいていないようだ。
「お前の選択肢は二つに一つだぞ!吐くか、謝るか、どっちだ?」
「そ、そこに兄ちゃんが手を離すって選択肢はないの?…うっぷ」
「そんなもんはない」