ほのかな柔らかい明かりが灯る小さな部屋の中、小夜はアオの側に横になっていた。
「――そこにおじいさんとおばあさんがやって来て…」
二人は床に敷いた毛布にくるまり、楽しげな表情を浮かべている。
小夜がアオに話して聞かせているのは、昔自分が父親からよく聞いていた夢物語だった。
部屋は二人が横になるのが精いっぱいの大きさで、小夜の声は壁に反響してよく響く。
それをアオが目を輝かせながら聞いている。
「それでっ?その後どうなったの?」
先をせがむように小夜に寄り添うアオの無邪気な様子に、小夜は思わず微笑を漏らした。
「アオくん、この続きはまた明日の夜にしましょう。今日はもうずいぶん遅いですし。ね?」
アオの小さな頭を撫でてなだめ、その小さな肩に毛布をかけ直してやる。
アオは若干不満そうではあったものの、
「…じゃあ明日もまた一緒に寝てくれる?」
「はい、もちろんですっ」
小夜が笑顔で返すと、安心したように口元を緩ませた。
灯りを消すと、狭い室内は一瞬で闇に包まれた。
自分に身を寄せるアオの体温の心地よさに、小夜がうとうとし始めたときだった。
「…ねえ、お姉ちゃん」
すぐ側でささやくような声が聞こえた。
一瞬夢の中で呼ばれたのかとも思ったが、自分の腕の中でアオが動く気配がしたためようやく現実に引き戻される。
「…はい?どうされました?」
「お姉ちゃんたちって、世界を旅して回ってるんでしょ?えっと…トレジャー…」
「トレジャーハンターって言うんですよ。世界中に隠されてる宝物を探すお仕事なんです」
小夜の返事に続くアオの言葉はなかった。
どことなくアオが逡巡しているような気配だけが、その沈黙からうかがえた。
「…アオくん?もう眠ってしまわれましたか?」
突然の静寂に困惑ぎみの小夜が声をかけると、意を決したようにアオが言葉を発した。
「あ、あのね…。いつか僕が大きくなったら、そのときは…」
口ごもりつつもアオが先を続ける。
「…そのときは、僕もお姉ちゃんたちと一緒に行っちゃダメかな…?」
今にも消え入りそうな声でアオはそう呟いた。
小さな手が小夜の服をぎゅうっと掴んでいるのが分かる。
「アオくんも一緒に?」
「…うん。もっといろんな場所を見てみたいの。僕、この町の外に出たことないから…」
どことなく恥ずかしそうな声音に、小夜は思わず笑みを浮かべた。
「じゃあさっそく明日の朝になったら、朱里さんに話してみないといけませんね。新しい旅の仲間が増えますよって」
「えっ、じゃあ…」
「はい、私もアオくんにもっとたくさんの景色を見てもらいたいです。いっぱい色んなものを見て、いっぱい一緒に笑えたらきっと楽しいですよね」
朱里と旅を始めてから、世界がどれだけ美しいのか、小夜は自分の目で見て直に感じることができた。
自分の暮らしていた城という小さな世界を抜け出した途端、眼前には光が満ち溢れた。
知らなかった、世界がこんなに広いなんて。
知らなかった、世界がこんなに明るく輝いているなんて。
自分が感じた感動を、アオにも同じように感じてほしい。
今小夜の中にあるのはその思いだけだった。
「アオくんが大きくなったら、一緒に色んな国を旅しましょう」
「…っありがとう、お姉ちゃんっ!」
無邪気に抱きついてくるアオをそっと抱いてやりながら、小夜は今度こそ静かにまぶたを閉じたのだった。
風も吹かない静かな夜、空には膜でも貼り巡らされているのか一つの星も見えない。
完璧なる漆黒の闇。
そんな中、ぽうっと一本のロウソクが灯された。
すぐ側には二人の男の顔が炎に照らされて見え隠れしている。
一つは痩せた神経質そうな顔、もう一つは無精髭の生えたいかつい顔。
二人の男はそろって、ある一点に視線を注いでいた。
一見したところ、二人の目が向けられているのは何の変哲もない廃墟だ。
だが男たちは何かを確認したのか、互いに目配せし合うと小さくうなずき合った。
それからすぐ後、唯一の光源であったロウソクの炎が消え、辺りは再び完全なる暗闇へと帰した。
どこか遠くのほうでかすかな虫の音が漏れ聞こえてくるだけで、他は何の音もしない。
世界は静寂に包まれていた――。