もう夜もずいぶん遅い。
子どもたちは各々寝る支度を始め、どこかへと散っていく。
おそらく自分たちの寝室に戻るのだろう。
この地下には部屋も相当数あるようだった。
「さてと。俺たちも一階に戻るか」
大きく伸びをしながら、朱里が小夜の背中に声をかける。
小夜はせっせと食卓後のテーブルを拭いているようだった。
とにかく何か子どもたちのために手伝いをしなければ気が済まないらしい。
「お前も律儀な奴だよなぁ。別に頼まれたわけでもねぇのに」
「お部屋を貸してもらうんですから、これくらいはしないとですよっ。何事も感謝の気持ちは大切です!」
小夜らしいといえば小夜らしい言動に苦笑しつつも、朱里は一階にある唯一のベッドを思い起こして内心ため息をつきたい気分だった。
今夜もまたあの狭いベッドに小夜と二人で寝るわけだ。
はっきり言って、とても安眠できる状態ではない。
特にすぐ側で小夜が自分のほうに寝返りを打ったりすると、叫んで外に飛び出したいくらいだった。
(…かと言って、あの埃だらけの床で寝るのはさすがに避けたいし…)
良案も浮かばず暗鬱になる朱里の背後から、無邪気に駆けてくる足音が聞こえた。
振り返ってみれば、例に漏れず嬉しそうな笑顔を浮かべたアオが小夜の後ろ姿に抱きついていくところだった。
「わわっ!?」
驚く小夜にアオが満面の笑みを咲かせる。
「お姉ちゃんっ、今日は僕と一緒に寝よ!いいでしょっ?」
この一言は、まさに今の朱里にとっては救いの言葉だった。
突然の申し出に慌てる小夜に対し、すかさず朱里もアオの支援をする。
「いいじゃねぇか。せっかくだし一緒に寝てやれよ。いろいろ話したいこともあんじゃねぇの?なぁ、アオ」
「うんっ、いっぱいお話したいっ!」
あどけないアオの笑顔に破顔しつつも、小夜はためらうように朱里に顔を向ける。
「でも、朱里さんは大丈夫ですか?」
「は?俺?」
自分を指差す朱里に、なぜか小夜は不安そうな表情を浮かべる。
「…お一人で眠れますか?寂しくないですか…?」
予想外の言葉に思わず、開いた口が塞がらない状態になった朱里は、すぐに言葉を返せなかった。
その間も小夜は心底心配そうにこちらを見ている。
「あっ、あのなぁ…!お前俺を幾つだと思ってんだよ!ガキじゃねぇんだぞ!?…ってか、俺にわざわざそんなこと言わせんな!」
小夜に子ども扱いされて、悲しいやら腹立つやらで朱里の顔は急激に上気する。
しかもそこにタイミング悪く、チカやクロウ、キースが現れれば、場は悪くなる一方で。
今のやりとりが聞こえていたのだろう、クロウは既にニヤけた顔で朱里を見ていた。
「えぇ、何なに?兄ちゃん一人で寝るの寂しいの?」
後ろ頭で手を組んだまま覗き込むように朱里の顔を見上げてくるクロウに、朱里は明らかに嫌そうな視線を向ける。
「違ぇよ。第一なんでお前が目ぇ輝かせてんだ」
「ほらぁ、寂しいんなら俺たちが一緒に寝てやろうかなぁってさ。なっ、キース」
クロウが振り返った先で、入口の壁にもたれかかっていたキースが幾分面倒くさそうにうなずいた。
「お姉さんと一緒に眠れなくて心細いだろうしね」
誰が、と反論しようとしたところで、クロウがすかさず朱里の腕を掴んでぐいと引っ張った。
「よっし!じゃあみんな寝るとこも決まったことだし、さっそく部屋行こうぜ」
笑顔で手を振る小夜とアオを横目に、朱里は半ば引きずられるようにしてクロウたちと共に消えていったのだった。
その後すぐに小夜もアオと手をつないで部屋を去っていき、チカだけがぽつんと取り残される。
「…お兄さんが寝るの、僕の部屋でもよかったんだけどな…」
ふてくされたようにぽつりと呟いた言葉は、もちろん誰の耳に届くこともなかった。