「こんなにいっぱい怪我をして…」

あざだらけの頬にそっと腕を伸ばす。

だがクロウが照れ隠しの笑いを浮かべて、小夜の手を押し返した。

「姉ちゃん大げさだって。これくらいどうってことないよ。むしろ、キースを助けてやったっていう男の勲章なんだぜ、これ」

えらそうに鼻の下をこするも、部屋の奥で横になっているキースが素早く口を挟む。

「そのわりには俺、こんなザマだけどね」

腹部に大仰なほど包帯を巻きつけた状態で、キースは皮肉っぽく笑った。

特に出血があるわけではなく、単に打ち身が酷いだけなのだが、なぜかその紫色のアザに慌てたナギが、暴走して包帯でぐるぐる巻きにしてしまったのだ。

「ああっキースくんも!だっ大丈夫ですか!?痛くないですかっ!?」

毛布の上で仰向けになるキースの手をとって、小夜はまるで臨終の際のように強くその手を握り締めている。

「平気だよ。まぁ、クロウが守ってくれたんだし?」

微妙に疑問系の発音で、小夜とその向こうに座るクロウに笑ってみせる。
クロウはおもむろに唇を尖がらせた。

「へっ、どうせ役には立てませんでしたよ。俺、兄ちゃんみたいに強くないしぃ」

そんなふてくされ気味のクロウの頬を、治療役のナギが両手でぺちっと叩いた。

「はいっ、手当て完了!」

「ってぇ〜。俺顔ケガしてるんだから、もちっと優しくしてくれたっていいじゃんかぁ!すっげえヒリヒリするー」

「男のくせにほっぺ膨らませてウジウジしてるからでしょ。手当て終わったんだから、さっさと立って料理手伝ってよ」

「えぇ〜。あ、でもその前に、兄ちゃんの手当てもしてやってよ」

クロウが思い出したように手を叩く。

その言葉にいち早く反応を示したのは小夜である。

「朱里さんもお怪我されてるんですかっ…!?」

掴みかからんばかりに、小夜は朱里の元へ駆け寄った。

灯りに照らされた下でよくよく見ると、確かに朱里の頬にも大きな切り傷が走っていた。

「これ、どうして…」

「あー…別にたいしたこと…」

自分の顔をのぞき込んでくる小夜を手で制しながら朱里がぼやくが、

「たいしたことありますっ!!」

かつてないほどの小夜のど迫力に圧されて、結局は強制的に小夜の手当てを受けることになってしまったのだった。




「…ちょっと沁みますからね」

中央の敷物の上で覚悟を決めて腰を下ろす朱里の前で、真剣な表情を浮かべて消毒液をしみ込ませた布を頬の傷口に当てる小夜。

朱里は自分の数センチ目先にある小夜の顔に、落ち着きなく視線を泳がせていた。

「痛いですか…?」

「い、痛くねえ」

心配そうに顔をのぞき込んでくる小夜に、ぶっきらぼうに返す。

痛みより何より、彼は早くこの治療が終わってくれることばかり考えていたのである。

(ああもう早く終われ…!何が一番落ち着かねえって、手当てされてるとこをこいつらがいつまでも見てるってことだよ…!)

横目で周囲を見回せば、二人を囲むようにして子どもたちがしげしげとこちらを見つめている。
特にクロウは、明らかなにやけ面を浮かべていた。


目の前には息がかかるほど近くに小夜の顔。
周りには自分たちを取り囲む好奇の視線の数々。

はっきり言って、落ち着くわけはなかった。



「――なぁなぁ、兄ちゃんってさあ…」

床に座って暇そうに体を揺らしていたクロウが口を開いたのは、それから何分が経過した頃のことか。
ちょうど、小夜が朱里の頬に絆創膏を貼ろうとしているときだった。

「なんだよ」

手当て中のため顔は動かせないので、朱里は目だけでクロウのほうを見る。

クロウは二人を交互に見ながらさらりと言い放った。


「兄ちゃんって、まるで姉ちゃんの子どもみたいだよな」

「――は、はあ!?どこが!?」

思わず顔を向けて反論する朱里。

だがすかさずその頬を両手で挟んで、「動いちゃだめですよ」と、小夜が無理やり正面に戻す。


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