やれやれとため息をつく朱里のすぐ側で、小夜が首をかしげる気配がする。

「キース君がどうかなさったのですか?眠られてるみたいですが」

あくまで小夜は何が起こったのか、まったく分かっていないらしい。

(心配で迎えに来たなんて言うから、てっきり全部分かってると思ったんだけどな…)


さて、何と説明すべきか。

言いようによっては、ひどく小夜が動揺してしまうような内容だ。
やっぱり自分も一緒について行けばよかった、と騒ぎ出すかもしれない。

「んーまぁ、眠ってるっちゃあ、眠ってるんだが…」

珍しく歯切れの悪い朱里の言葉に、ますます小夜は首を傾けた。

「何かあったんですか…?」

わずかに不安を伴った声に、朱里はぎくりとする。


ちょうどそのとき、地下の階段を駆け上がってくる足音が響いた。

姿を現した人物はキースの名を叫んで、こちらに走り寄ってくる。

「キースはっ…!?」

息も絶え絶えに朱里の顔を見上げているのはチカだった。
暗闇の中でも、その表情が必死の色を浮かべているのが分かる。

「ああ、今俺の後ろで寝てる」

朱里はチカに示すように、背を向けてキースの姿を見せてやった。

「でもキース、怪我してるんでしょ?大丈夫なの!?」

「え、怪我…?」

隣で小夜が驚いたように呟いたが、朱里はあくまでチカに視線を注いだまま、

「一応怪我の様子見てみたが、たぶんそんなに大事はないと思う。けど念のため、手当てはしてやったほうがいい」

チカもこのときばかりは素直にうなずいてみせる。


そのときチカに遅れて、アオとフウも一階へ姿を現した。

「キース、平気っ?大丈夫っ?」

朱里の背におぶわれたキースの周りをアオがぐるぐる回れば、フウは落ち着いた動作でキースをその背中から抱き下ろす。

「僕がキースを下に運ぶから〜。ちょうどクロウも、ナギの手当て受けてるとこだしね〜」

半ば引きずるようにキースを背に抱え、フウは生来のマイペースさでそのまま階段の下へと消えていった。その後ろ姿をアオと小夜が心配そうに見送っている。

「怪我…されてたんですね」

「うん…」

しばらく喋る者はいなかった。
暗い部屋の中、朱里、小夜、チカ、アオの四人だけが、ただ黙ってじっと立ち尽くしている。


沈黙がどれほど続いた頃だろうか、小夜の側にいたアオが急にチカの元に歩み寄った。
チカはすっかり気持ちも落ち着いたのか、朱里の前で顔をうつむけている。

そんなチカの腕にそっとアオが手を伸ばした。

「チカ…」

名を呼んだ後、何かを伝えるように朱里のほうに顔を向ける。
チカにはアオの言いたいことがすぐに分かった。

――自分の好きなようにしていいんだよ。

腕に添えられたアオの小さな手から、まるでその言葉が伝わってくるようだ。

アオの手が離れるのとほぼ同時に、チカは恐る恐る朱里の顔を見上げた。
もちろん灯りはないため、本当に朱里の顔が見えているわけではない。


「あ、の…」

静寂の中、緊張で掠れた声が響いた。
室内は各々がかもし出す緊張感に包まれる。

朱里もその側に立つ小夜も、そしてチカを見守るアオも、じっと後に続く言葉を待っていた。

チカはしばらく逡巡した後、目線を床に落とした。
力なく首を振る。

「…やっぱり駄目…」

たった一言。

それだけで空気は確実に変容する。

落胆の影がチカ以外の三人に落ちた。
チカは嫌々をするように「駄目」を繰り返した。


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