しかし、気持ちのまま伝えようとした言葉は、空気に触れることなく口内でかき消された。

うつむいて首を振るチカの柔らかそうな髪の毛がそよと揺れる。

「…やっぱり駄目だよ。僕は僕自身である前にリーダーなんだから、好き勝手なことはできない…」

「…チカ…」

アオが悲しそうな表情をしていることは分かったが、再び机にうつむけたチカの視線がそちらに戻ることはなかった。

これ以上の会話の拒否、そんな空気が流れる。

外界と己とを遮断するように固く目を閉じていると、アオの足音が少しずつ遠ざかっていくのが分かった。


愛想つかされたかな…。

そのまま再度、部屋の中は静寂に包まれた。

目を開いて周りを見回しても、もちろん自分以外には誰もいない。

まるで本当に一人ぼっちになったみたいだ。

「…なんでだろう」

何がしたいと尋ねるアオに返すべき言葉は明確に分かっていたのに、あえて自分はアオの思いを否定した。

あんなに小さな子にまで心配させて、何をしてるんだろう自分は。

いいリーダーになろうとすればするほど、上手くいかない。

(…僕はこれからどうすればいいの…?誰か教えてよ)

救いを乞うように何もない空間をじっと見つめても、求めている答えは返ってこなかった。



ただ、その代わり。

ガタン、と何かの物音が、静かな室内に響いた。
チカは目が覚めたように、うなだれていた顔を天井に向ける。

わずかに聞こえる断続的な音。
一階のほうだ。

「…もしかしてっ…」

その物音が足音だと理解するやいなや、チカは反射的に立ち上がった。

思いきり立ったため、座っていた椅子が大きな音を立てて床に倒れるが、気にした風もない。

「――クロウ、キース!」

つい今まで思い悩んでいたことさえ頭から霧散したかのように、チカは大事な家族の名を呼んで、そのまま一階へと走っていったのだった。


****



「うぅ、さみぃ…」

ようやく家に足を踏み入れた朱里の第一声がこれだった。

背中のほうはおぶっているキースが防寒具の役割を果たしてくれていたが、前はコートも開きっぱなしのため風が容赦なく突き抜けていく。

元気を取り戻したクロウが、

「俺があっためてあげようか?」

と、ふざけて朱里の腹部に抱きつこうとしたが、すんでのところで回避した。
子どもに挟まれたサンドイッチ状態なんてたまったものではない。


結局、家に辿り着いた頃には、すっかり体は冷え切ってしまっていた。

「大丈夫ですか、朱里さん。どうしても寒いようでしたら、私が…」

言いつつクロウと同じように腕を広げる小夜に、朱里はカタカタ震えながらも千切れんばかりに首を振る。

「いい、やめろ!腕下ろせ!」

ひどく残念そうに、小夜は下ろした腕を後ろで組んだ。




家の中に入ったはいいが、一階は灯りがまったくない。
そのため、外と同じく小夜とクロウの顔もおぼろげにしか見えない。


小夜は迎えにきたときからずっと無邪気に笑っていた。
きっとクロウやキースがどんな状態なのかすら見えていないのだろう。

クロウもクロウで小夜がいるためか、先ほどから痛い素振りも見せず平然と笑っていた。


(…さて、これからどうしたもんかな)

暗い室内を一瞥し、朱里の視線は無意識に地下へ続く穴のほうへ向けられていた。
穴の向こうからは仄明るい橙色の光がぼんやり漏れている。

(まずはこいつらの手当て優先させねぇといけねえが)

階段のほうへ足を踏み出すも、二歩目が一向に続かない。

脳裏に浮かんだチカの姿が、朱里の足を思い止まらせているのだ。

「兄ちゃん?どしたのさ?」

後ろからクロウののん気そうな声がかかった。

「いや、別に…」

「俺もう疲れたー。早くみんなのとこ戻ろうぜー」

言うが早いか、朱里を押しのけるように駆け出していくクロウ。
途中振り返って、

「キースのことみんなに伝えとくから、兄ちゃん早く連れて来てよ」

と言ったきり、クロウの姿は完全に穴の下に消えた。


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