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第5章
招きの夜の夢
机の上に並べられた8人分の食器。
そして同じく八人分の腰かけ。
その一つに座って、チカは頬杖をついていた。空いた手の指は、先ほどからずっと机の上をとんとん叩いている。
地下にある空間のうち最も広いこの部屋は、子どもたちが食事をする場所としてあてられていた。
部屋の中心には大きな木机が置かれ、天井には電球を吊るした笠が一つだけ揺れている。
それでも部屋を明るく照らす光源としては十分役割を果たしていた。
ぼんやり机の上に目を留めたまま押し黙っているチカを、心配そうに見つめる一つの目があった。
ちょうどチカの座る席の向かい、そこにアオがしゃがみ込んでいる。
アオは椅子にも座らず机に手をかけたまま、顔半分をのぞかせていた。
「……ねえ、チカ。みんな帰ってこないね…」
呼ばれたチカは一瞬アオに目をやるが、すぐにまたうつむく。
「そうだね」
「…チカは心配じゃないの…?」
もじもじしながら呟くアオ。
脳裏に朱里の背中と小夜の笑顔が浮かんだが、チカはそれを振り払うよう固く目をつむった。
「なんで心配なんてしなきゃならないの。あの人たちは他人だよ」
「他人?違うよ、僕らの大事な友達だよ!」
いきなり立ち上がるアオにチカは驚いて顔を上げる。
アオは机に手をついて身を乗り出したまま、隻眼でまっすぐチカを見つめていた。
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、大事な大事な友達だよ?みんなそう思ってるもん。でも、チカはそうじゃないの?どうしてあんなに優しい人たちを嫌うの?」
「き、嫌ってなんかっ…!」
「うそ!だってずうっと避けてるもん!」
アオの言葉に確信を突かれて、チカは思わず口をつぐませた。
「なんで…?チカは何を怖がってるの…?」
気付けばすぐ側で、心配げにチカの肩に手を添えるアオがいた。
「…怖がってなんか、ない…」
精一杯そう答えるチカ。
誰が聞いても強がっている、そんな声音だった。
机の上に置いた拳を強く握るチカを見て、アオはそっとその肩に頬を当てる。
「怖くなんてないよ。一緒に笑って一緒にお話して…楽しいことばかりだよ」
声の調子からアオが微笑んでいるだろうことは分かった。
しかしチカが漏らしたのは、それとは違うなんとも自嘲的な笑みだった。
「…そんなこと分かってるよ。でも、だから、近くにいてその楽しさに慣れちゃ駄目なんだ。楽しいときはずっと続くわけじゃない。…リーダーの僕がしっかりしなきゃ、後でみんなが辛くなる…」
ぽつりと口からこぼれた言葉は、まさにチカの本音だった。
言ってしまった後でチカは、しまったと思う。
ここで愚痴をこぼしたって、アオを不安にさせてしまうだけなのに。
自分は、みんなのために頼りになる理想的なリーダーであり続けなければならないのに。
後悔の念に駆られていると、アオが横からチカの顔をのぞき込んできた。
「チカはリーダーだけど、でもチカだよ?」
意味不明なことを言って、おおきなどんぐり型の瞳をさらに近づけてくる。
「え、何?どういうこと…?」
本音を漏らしてしまったことも含めて動揺するチカのすぐ側で、大きな瞳がきゅっと山の形に細められた。
アオが満面の笑みで言う。
「チカはリーダーだけど、その前に"チカ"なんだから、自分の好きなことしていいんだよっ」
「自分の好きなこと…?」
「うんっ、そう。チカは今どうしたいの?みんなが帰ってきたら、何て言ってあげたいの?」
アオの無邪気な質問に、チカはしばし沈黙してアオを見返す。
(…僕の、したいこと…)
リーダーとしてではなく、ただの自分として――そんなの考えるまでもなく自明のことだ。
「僕は…」