結論にあっさり辿りついて、朱里は全身から力が抜けるような感覚に襲われた。
「お前も、そのガキ共もうざいんだよ。さっさと町から出ていきゃいいものを、図々しく長いこと居座りやがって。気付かねぇのか?この町にゃお前らみんな不釣り合いなんだよ」
急に大人しくなった朱里を見て、男はここぞとばかりに言葉の刃で切りつける。
しかし朱里はぼんやり立ち尽くしたまま顔も上げない。
背後にいるクロウとキースも、先ほどと同じ格好で反応はなかった。
あまりの無反応に、男が面白くなさそうに眉を歪めたときだった。
「もう、そこらへんで止めておきなさいよ」
はっきりした口調が特徴的な、女性の声が響いた。
朱里が首を上げると、いつの間にか髭面のすぐ隣で一人の女が腕を組んでこちらを見つめていた。
確か、男たちと一緒にいた見覚えのない女だ。
年のころは30前半。
ぱりっとした上下白の、細身の上着と膝上スカートを着こなし、ブロンドの髪を頭の高い位置でひとつに留めている。
一見して気の強そうな印象を受けるような、はっきりした目鼻立ちをしていた。
女は自分をぼんやり見つめる朱里に、ふっと笑ってみせた。
妖艶、という言葉がぴったりくる笑みだ。
綺麗な三日月型に細められた目には確かな知的さが漂っている。
さらに赤く引かれた紅が、その口元に怪しいほどの艶やかさを与えていた。
「あなたが、昔ここに住んでたっていう孤児ね。話は聞いたことあるわ」
笑みをたたえたまま、女はゆっくりと朱里のほうに進み出てきた。
「ア、アンナ様、危ないですよ」
髭面が止めるのも構わず、女は朱里の目の前まで近づいて止まる。
自分をじっと見つめてくる女の強い視線に、朱里はようやく我に返った。
「…あんたは?」
近くで確かめても、やはりこの顔は見たことがない。
「普通女に名前を尋ねるときは、まず自分から名乗るものよ」
笑顔でさらりと返した女に、朱里は仕方なく口を開いた。
「俺は朱里だ。それで、あんたは一体誰なんだ」
名乗った途端、女が朱里の耳元に顔を寄せてきた。
突然のことに、朱里は目を見開いて身を固める。
「…そう、朱里くん。あなたに伝えてほしいことがあるのだけど」
耳のすぐ近くで発せられた女特有の甘い声音に、朱里の耳朶は軽い痺れを起こした。
さらに熱い吐息が耳に触れて、女がそっとささやく。
「…あの子に伝えて。どこに、あれを隠したのか…」
意味の分からない言葉を呟かれて、朱里は眉を寄せて女の顔を見た。
至近距離で女が微笑むのが分かる。
「…あの子?」
尋ねる朱里に答えることなく、女は背中を向けた。
うなじに流れる後れ毛を揺らしながら、そのまま朱里たちの元を去っていく。
髭面も躊躇うように一瞬こちらに目をやったが、小さく舌打ちして女の後を追っていった。
倒れていたはずの大男の姿もいつの間にか消えている。
呆気にとられたように朱里は、ただ女の消えた方角を眺めていた。
それからようやく我に返ったのは、子どもたちの存在を思い出したからだった。
クロウとキースは、ずっと同じ状態で噴水の側にいた。
痛むのか腹部を押さえて黙り込んでいるキース。
そして、その側で立ち尽くすクロウ。
「おい、平気か?もうあいつらはいなくなったから大丈夫だぞ」
朱里の言葉に、キースは眉を歪めながらもホッと安堵の表情を浮かべた。
だが、クロウに変化はない。
未だにじっと前を向いたまま口を真一文字に結んでいるクロウの前に、朱里は膝をついた。
同じ目の高さになって、クロウの肩を軽く揺らす。
「クロウ、帰るぞ。みんなお前らを心配して待ってるだろうし。おい、クロウ」
揺らす度にクロウの細い黒髪がサラサラ揺れ動くが、その表情は何の動きも示さない。
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