「…だったら…」
ザアッと公園を囲む木々が一斉に葉を揺らした。
「――来いよ。どっちがゴミか証明してやる」
顔にかかる髪の毛を気にすることもなく、朱里は男たちを黙って見つめた。
男たちも朱里から視線を外さない。
一呼吸、二呼吸。
先に動いたのはどちらだったか。
再び風が吹いたと思ったら、朱里と男たちとの距離は一気にゼロまで縮まっていた。
大きく拳を振りかぶった大男の懐に、流れるような動作で朱里が入る。
そのまま隙だらけの男の腹に拳を食らわせると、男はたまらず呻いて腰を折り、そのまま地面に倒れ伏す。
それを一瞥すると、朱里は大男の側に立つ髭面の男に顔を向けた。
その揺らぎない瞳に男はわずかに怯む様子を見せたが、腰に手を這わせると急にニタリと笑みを張りつかせる。
「へっ、ずいぶんすばしっこいじゃねえか。さすが、盗人やってただけはあるな」
髭面は腰に手を当てたまま、警戒しつつ横歩きで朱里の周りを移動し始めた。
朱里は黙って男を見つめる。
「どうせお前のことだ。今だってやってんだろうがよ、窃盗。お前は人の物を盗るのが大好きだもんなぁ、昔から」
一瞬朱里の眉がぴくりと動いたが、あくまで彼は沈黙を守り続ける。
髭面は反応のない朱里を面白くなさそうに見つめていたが、ニヤリと笑って、
「…あの女、小夜とか言ったか」
わざと"小夜"を強調して、言葉を発した。
とたんに朱里がはっと目の色を変える。
朱里の明らかな変化に、さらに笑みを浮かべる髭面の男。
「あいつもろくでもねぇ女なんだろうなぁ。見たら分かるぜ、ありゃ間違いなくアレの類だ」
「…何のことだよ」
初めて朱里は口を開いた。
その表情には隠しきれない動揺が走っている。
一部の隙もない気迫の壁に、そのとき確かにひびが入った。
髭面はニタニタ笑いながら、ゆっくり朱里に近づいていく。
「お前も分かってんだろ?あの顔で男を惑わしてんだよ、小夜って女は。あいつぁ、根っからの娼婦に違いねえ」
男のいやらしい笑いと粘りつくような声音に、朱里は体じゅうの血液が音を立てて熱く燃えるのを感じた。
「てめぇっ!!」
怒気も露わに声を上げる。
とっさに男の胸ぐらを掴もうと腕を伸ばしたが、その手は虚しく宙を掻いただけだった。
気付けばすぐ目前に、男の振りかぶった銀の刃が迫っていた。
ずきん、と膝が悲鳴を上げた。
夕闇の迫り来る空を背景にじっと立ち尽くしていた小夜は、膝の痛みを感じて恐る恐る視線を下げた。
膝からは赤い一筋の線が垂れており、膝小僧はいまだ真っ赤に腫れ上がったままの状態だ。
そういえば、と小夜はその場にしゃがみ込む。
「…朱里さんの手当て、避けてしまったんでした…」
抱え込んだ膝はすぐ近くで見ると、さらに酷い有様だった。
軽くつつくと、膝じゅうがビリビリ痺れる。
いつもは朱里に貼ってもらう絆創膏。
不機嫌そうな顔をしながらも、痛くないよう気を遣いながら絆創膏を貼ってくれる朱里の姿が、小夜は大好きだった。
でも今回は違う。