地面に転がるのは、無惨にも叩き割られた木製の桶。
側には、噴水に背を向けて少年が立っている。
その後ろには、桶のように地面に倒れ伏したもう一人の少年がいた。
そして。
彼らを囲んでいるのは、見慣れた二人の男と見知らぬ一人の女――
「お前らやめろ!」
叫んで止めに入った朱里に、大人三人の目が一斉に向けられるのが分かった。
だがその視線を気にすることなく、朱里は子どもたちの元に駆け寄る。
「おいっ、平気か!?」
地面に倒れているのはキースのほうだった。
抱き起こすと、キースはわずかに呻いて顔を歪ませる。
その顎にはうっすら血が滲んでいるのが見て取れた。
さらに手で押さえられた腹部を、服をめくって見てみると、大きな青いアザがくっきり浮かんでいるのが見えた。
今できたばかりのものだということは、すぐに分かる。
…なんてひどいことを。
「…クロウ、お前は?」
噴水の淵にキースをそっと預けた朱里は、続いて今もなお大人たちの前で立ち尽くすクロウの正面に回った。
クロウは頬にすり傷をいくつも負い、腕や足にも真新しい傷が数え切れないほどできていた。
それでも黙ってじっと立ち、倒れた仲間を守るように、大人たちに一人向き合っている。
その口元は固く結ばれ、わずかに細められて潤んだ黒い瞳は、必死に大人たちを牽制するように見つめていた。
「おいクロウ、お前は後ろに下がってろ」
朱里がどんなに促しても、一向にクロウは動く気配がない。
まるで石のように固まったクロウの細い腕を引いて、朱里は半ば強制的にキースの側に下がらせた。
その様子を、二人の男は舐めるようにじっとうかがっていた。
ただ唯一女だけが、興味深そうに笑みをたたえて朱里の背中を見つめている。
「…あんたら一体何のつもりなんだ」
三人の大人と対峙する形で、朱里は正面に向き直った。
後ろには怪我を負った子どもたちがいる。
こいつらを家に連れて帰らないと。
だがその使命以上に、朱里の中には怒りがふつふつと湧き上がってきていた。
「…なんでこんな小さい子どもに、暴力振るえんだよ」
体の横で拳を強く握りながら、朱里は前の大人三人をねめつけた。
そのうち二人の男は、朱里に幾度も絡んできた例の二人である。
やたら痩せすぎの髭面の男と、体格のいい男。
彼らは朱里の言葉にへらへら笑いを浮かべて答えた。
「暴力?へっ、そんなんじゃねぇよ」
「俺たちは単に掃除してただけだぜ。汚い物は屑かごに捨てねぇとなあ」
言って、体格のいい男は地面に転がっていた半壊の桶を思い切り前に蹴り上げた。
桶はいとも簡単に、噴水そばにいる子どもたちに向かって飛ぶ。
このまま何もなかったら、間違いなく桶は子どもに命中していただろう。
だが、とっさに朱里が左腕を横に伸ばして、その桶を弾き落としていた。
「やめろ。こいつらに手を出すな」
長めのコートが風にひるがえり、夕日の光を集めた銀色の髪がふわりと揺れる。
前髪の間からのぞいた灰緑の瞳は、敵意に満ちた鋭さで男たちを真っすぐ見つめていた。
「おめぇみたいな屑が、そんな偉そうな口叩くんじゃねぇよ。ゴミがゴミかばいやがって、みっともねえ」
射るような朱里の視線に、大柄の男はたじろぎながらも汚い言葉を吐き捨てた。
朱里の瞳が夕日を受けて、炎を宿したようにギラリと光る。
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