「…うん、気付いてた」

そう呟いたチカも確かに、朱里の視線に親近感を感じ取っていた一人だった。


何もかも任せてしまいたくなる朱里の力強くも温かい瞳。


視線を交わらせる度に、チカは誘惑に駆られた。

生活も子どもたちも、そして自分さえも全部、この人に任せてしまいたい。


「…でも、そんな目で僕らを見てくれるお兄さんは、いつか絶対にいなくなってしまう…。やっぱりお兄さんたちは、ここに来るべきじゃなかった」

小夜の視線を避けるようにうつむいたチカは、はっきりと否定の言葉を述べた。

「そんな…」

言いかけて、小夜の言葉が止まる。

チカの思い詰めた横顔を見ていると、頭の中にとめどない問いだけが浮かんでくる。


…悲しませるくらいなら、初めから出会わないほうが良かった?


笑い合った幸せな記憶も、深い寂しさの中では簡単に消えてしまうもの?


いくら考えても、答えは出ない。

小夜には子どもたちの絶望を経験したこともないのだから。


言い淀んでいると、チカが無言で家の中に消えていくのが分かった。

外に立ち尽くすのは小夜だけになる。


寂しくならないように、すべての出会いをなかったことにするというチカの思い。

それはつまり、別れがない代わりに、出会いもないということだ。


小夜はゆっくりと首を家のほうへ巡らせた。
家の中からは何の音も声も聞こえてこない。

静寂に包まれたそこは、子どもたちだけの聖域。

誰も入ることを許されない場所。


「…でも…」

悲しげに目を細めながら、小夜はぽつりと声を漏らした。

「…そんなの、悲しすぎますよ…」


小夜の呟いた言葉は誰にも届きはしない。




「…お兄さんだけじゃない。お姉さんもだよ…」

無人の一階の壁にもたれて、チカは力なく声を発した。

窓から差す夕日も当たらない薄暗い壁際に彼は身を預けている。

はぁ、とチカは静かに息を吐いた。

自分をじっと見つめてくる小夜の瞳に耐え切れなくて、チカはここまで逃げ帰ったのだった。

どんなときも温もりを浮かべた小夜の視線。
これも朱里と同じくらいチカには辛いものだった。

「二人とも、優しすぎるんだよ。だから、皆が…僕が苦しむんだ…」

感情に押し潰されそうになって、チカは慌てて息を大きく吸い込んだ。

冷たい空気が肺を満たして、少しだけ心を落ち着かせてくれる。

チカはいつも気持ちの乱れが起きたとき、こうして深呼吸することで自分を立ち直らせてきた。


一番年長の自分がしっかりしなければ、他の子どもが辛い思いをすることになる。

僕が頑張らないと。


淋しい、悲しい、苦しい、辛い。

こんな不安定な感情なんていらない。


皆を守っていけるだけの強さが、心にはあればいい。

感情を押し殺すんだ。
僕はリーダーなんだから。


もう一度深呼吸した後、すっかりいつもどおり平静な顔に戻ったチカは、壁から離れてまっすぐ立ち上がる。


これでいい。
僕に、感情は必要ない。

外にいるだろう小夜のことは考えないよう努めて、チカは静かに地下へ続く階段を下りていったのだった。


****



ようやく公園の入口が見えてきた。

朱里ははやる気持ちもそのままに、入口へ向かって駆けていく。

(…どうか、頼むから…)

徐々に近づいてくる公園の景色。

入口の正面には、空の茜色を反射して噴水の水しぶきが上がっている。

朱里は駆け込むように公園の中に入り、ようやく足を止めた。

肩で息をしながら、素早く周囲に首を巡らせる。

「どこだあいつら。どこにいる?」

公園の中に、ほとんど人影はない。

朱里たちがアオと初めて出会ったときもそうだったのように、どうやら夕方はほぼ無人の状態になるらしい。

どんなに目を張り巡らしても、探し人の姿は見当たらなかった。

朱里の正面で噴水が噴き出す音のせいで、声を聞き取ることもできない。

「…ここにはいないのか?一体どこに…」

自分の背たけ以上もある巨大な噴水を見上げながら、朱里が呟いたときだった。

噴水が作った流れる水のベールの向こうで、何かが動いたような気がした。

朱里はとっさに噴水の向こうに回り込む。


そこには、朱里が外れていてほしいと願った予感が、まさに同じ形で広がっていた。


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