自分の呼吸音だけが、やたら耳に響く。
朱里は先ほどからずっと、足を止めることなく走り続けていた。
公園までの距離って、こんなに長かったか?
全速力で走っているはずなのに、一向に目的地は見えてこない。朱里は内心焦りでいっぱいだった。
公園から子どもが帰ってこないと聞いて頭に浮かんだのは、町の人間たちの冷ややかな目だった。
瞬間、体じゅうに鳥肌がたって、朱里はいてもたってもいられなくなった。
そして今一人、公園にひた走っている。
鳴り止まない呼吸音と、嫌な予感。
できればこの想像は外れていてほしい。
公園に辿り着いて目に入るのが、仕事も忘れて遊んでいるクロウとキースの姿であればいい。
祈りつつ、朱里は公園へとそのまま足を走らせた。
ひゅうっと冷たい風が吹いた。
小夜は両腕を抱きながら後ろを振り返る。
「…チカくん」
夕日に染まった赤い景色の中、チカはただ呆然と朱里の消えた町のほうを見ていた。
「チカくん、もう家の中に戻られたほうがいいですよ。冷えてきましたし、風邪をひいては大変です」
小夜はそっとその背中に手をあて、家に導こうとする。
「…本当なの?」
突然ぽつりとチカが呟いた。
え、と顔をのぞき込むが、チカはやはりどこか遠くに目を向けているようで、小夜のほうを見ない。
立ち尽くしたまま、チカは言葉をこぼした。
「…あのお兄さんの言ったこと…。僕たちと同じだって本当なの…?あのお兄さんも親のいない子だったの?」
チカの横顔を見つめながら、小夜はわずかにうなずいてみせた。
「はい…」
「そう、なんだ…。でも、だからってどうしてここまでするのか、僕には分からないよ。この町の孤児だったってことは、ここにいい思い出なんてないんでしょ。なのになんで早く町を出ていこうとしないの?」
チカ自身この町にいい思い出はないというように、眉を歪めて呟いた。
心底不思議そうに町のほうを見つめるチカに、小夜は微笑んで答える。
「ここに来た理由、それは宝物を探すためです。でも、今朱里さんがこの町に残ってる理由は、きっと宝物じゃないですよ」
そこで言葉を止めて、改めて小夜はチカの顔を見た。
ようやくこちらに顔を向けたチカは、小夜の言おうとせんことが何なのか、分かりかねたように目を瞬かせている。
「何?じゃあ何のためにいるの?」
素直に首をかしげて尋ねるチカに、小夜は微笑みを返した。
「皆さんですよ。チカくんやアオくん、皆がいるから、朱里さんはこの町に残ってるんです」
思いがけない小夜の言葉に、チカはさらに目をまん丸くさせる。
「僕たちが?でも…何の関係もないのに」
「いいえ、関係なくないですよ」
真面目な顔でずずいと顔を近づけ、小夜はびっくりするチカに破顔してみせた。
「今日一日、いっぱい関係したじゃないですか。目隠しごっこに畑仕事、その間朱里さんは怒ったりもしてらっしゃいましたが、すごく楽しそうなお顔をしてましたよ。チカくんにはそう見えませんでしたか?」
小夜は今日一日子どもたちと関わり合いながら、朱里の表情の変化にも気付いていた。
子どもに向ける朱里の顔。
本人は無自覚なのだろうが、その瞳はまるで家族にでも向けるような優しい色を浮かべていた。
「朱里さんが皆さんを見るときのお顔は、すごくお兄さんのお顔をしてるんです」
弟をそっと見守る温かい兄の姿を、小夜は垣間見ることができた。
そしてそれは、小夜だけではない。