町に消えたきり、帰ってこない孤児たち。
嫌な想像が朱里の頭に浮かぶ。
「…分かった。フウはここにいて。僕が二人を迎えに行ってくるから」
チカは踵を返すと、そのまま外へ続く扉へ向かった。
「え、でも僕今ヒマだし、大丈夫だよ〜?」
「ううん、僕が行く。フウはナギにそう説明しておいて。そしたら休憩してていいから」
チカの言葉にフウは案外あっさり「うん、分かった〜」と返事をし、穴の下に消えていった。
それを確認したチカが、即刻外に飛び出そうとドアノブを掴む。
そのとき。
「待てよ」
とっさに朱里は口を開いていた。
驚いたようにこちらを向くチカの側まで一気に近づくと、ノブに当てられた手をのけ代わりに扉を開く。
途端、眩しいほどの赤い夕日が部屋に差し込んできた。
「な、何のつもりなの。なんで僕の邪魔を…」
夕日に目を細めながら、チカが前に立つ朱里の顔を見上げた。
朱里は瞳に赤い光を映しながら言い放つ。
「お前はここにいろ。俺が行ってくる」
「え、行ってくるって…」
思いがけない言葉にチカは目を大きく見開いた。
それに構わず朱里は言葉を続ける。
「あの二人が水くみに行ったの、どこだ?」
「こ、公園だけど……あっ、ちょっと待って!」
場所を聞くなり外に出た朱里を追うように、チカとそして小夜も慌てて飛び出してきた。
コートがひるがえる朱里の背中にチカが叫ぶ。
「待ってよ!なんで、ここまでしてくれるの!?あなたからしたら、僕らはただの他人でしょ!何の関係もない、汚いガキでしょ…!?」
背に轟いたその言葉に、朱里は後ろを振り返った。
「他人だけど、他人じゃねぇんだよ。俺もお前らと同じ、この町の汚ぇガキだからな」
「え…?」
「あいつらは必ず連れ戻す。安心して待ってろ」
小さく笑ってみせると、朱里はそのまま町へ続く一本道を一人駆け出した。
後を追うように小夜も走り出す。
「待ってください、私も行きますっ!」
ただ事でない雰囲気に、珍しく小夜は顔を引きしめていた。
――だが。
「お前は駄目だ、ここにいろ。俺一人で行ってくる」
「足手まといだからですか…?」
「そうじゃねぇ…」
小夜に顔を向けると、ふいに風に揺れてその額の傷が露わになった。
目に入った瞬間わずかに顔を曇らせた朱里だが、そっぽを向いてそれを隠す。
「…とにかくお前は駄目だ。ここであいつらの手伝いでもしてやれよ。料理したいとか言ってただろ」
「…でも…」
「子ども二人迎えに行くだけじゃねぇか。それくらい俺一人で十分だから、お前は残れ。いいな?」
有無を言わせぬ朱里の言葉に、小夜は渋々うなずいて足を止めた。
途端に二人の距離は開いていく。
…これ以上小夜を巻き込むわけにはいかない。
背中に小夜の不安そうな視線を感じたが、朱里は振り返ることなく町へと駆け出していった。
「…朱里さん…」
不安げに呟いて、小夜は胸の前で手を組んだ。
その足元から生まれた影だけが、朱里を追うように真っ直ぐ前へ伸びている。
(…嫌な予感がします…)
なんだか胸の奥がざわざわして、理由のない不安に掻き立てられる…。
残された小夜とチカの背後には、今までどおり夕焼け空が広がっている。
だがその奥からは確実に、じわりじわりと息を殺して、昼間潜んでいた夜の闇が這い出してこようとしていた。
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