見ると、いつの間にかその顔は下にうつむけられていた。

「楽しいから、一緒にいるの…?」

わずかに震えた声。

どんな表情をしているのかは朱里と小夜には見えない。

二人に向けられたのは、くせのある栗色の髪の毛に覆われた頭だけだ。

「チカくん?どうなさって…」

チカの急な変化を心配した小夜が声をかけたときだった。


「出てって!」

空気を破るかのような大声でチカが叫んだ。

ようやく上げられた顔は、前に立つ二人を力いっぱい睨みつけていた。

「そんな理由なんかでここにいないで!あなたたちが来たことで、皆はすごく楽しそうにしてる。でも、そんなのすぐに終わる。あなたたちはここにずっといてくれるわけじゃない…たまたま通りかかっただけの赤の他人だもの。すぐに僕らのことも忘れてしまう。楽しいからって理由だけでここにいる時間分、後で傷つくのはあの子たちなんだよ!?大した理由がないんなら、今すぐここから出てってよ!」

チカの叫び声はまるで悲鳴のようだった。

悲しみに染まった言葉の数々。

切ないまでの孤独が、その声を介して朱里と小夜の胸を貫く。

朱里はわずかに目を細めて、肩を震わせるチカを見つめた。


…家があれば、笑っていれば幸せだなんて、なぜ思ってしまったんだろう。

ここにいるのはまだほんの子どもだ。
親が自分の世界の中心にいるのが当たり前の、小さな子どもばかりだ。

肩を震わせ朱里と小夜を睨むチカは、目にこぼれんばかりの涙をたたえていた。


チカだってそうだ。

一番年長だからって常に冷静で大人びた対応をしているが、本当はまだこんなに幼い少年なのだ。

五人の子どもたちを支えていくには、荷が重すぎる年齢のはずだろうに。

どんなに笑っていても消えることはない孤独感。

チカもアオも皆、それに押し潰されないよう懸命に抵抗しているだけ…。

今にも壊れてしまいそうなチカに、朱里は返す言葉が見つからなかった。


「…小夜」

そっと小夜の腕を掴むと、朱里は告げる。

「行こう」

はっきり響いた、子どもたちとの別れを意味する言葉。

小夜は目を固く閉じて、悲しみに染まった顔をうつむけた。

「…ごめん、なさ…私、無責任なこと…」

涙の代わりに言葉がポロポロと零れ落ちた。


ひたすら謝罪し続ける小夜も、それを黙って見下ろす朱里も、無知な自分に対する怒りと申し訳なさで、胸が埋め尽くされていくのを感じていた。

自分たちは何も分かっていなかった。

聖域に入ってはいけなかったのだ。

ここは孤独な子どもたちだけの場所。

そこに異物が紛れ込めば、均衡が崩れてしまうのは当然なことだったのに。

自分たちはここにはずっといられない。

子どもたちの孤独の穴を埋めてやることはできないのだから。


朱里は小夜の腕を引いて、押し黙ったままうつむいているチカの側を通り抜けた。

「…ごめんなさい…」

すれ違いざま呟かれた小夜の言葉に、とっさにチカが泣きそうな顔を上げた。

「謝らないでよ…そんな言葉聞きたくない」

「…でも…やっぱりごめんなさい」

「…っやめてってば…!」

チカが辛苦に歪めた顔を背けたときだった。


「ねぇ、チカ〜」

階段のほうから、場の空気にそぐわないのんびりした声が響いた。

三人が一斉にそちらを見やれば、穴からひょこっとフウが顔をのぞかせていた。

「…ど、どうしたのフウ。何かあった?」

とっさに平静な顔に戻したチカがフウのほうへ歩いていく。

朱里と小夜はぼんやりその様子を眺めていた。

「うん、あのねぇ、水くみ係が全然帰ってこないから、料理が進まなくて困ってるの。ナギがもうすごくイライラで僕に呼んでこいって〜」

フウはいつもどおりの口調でチカの顔を見上げて言った。

どうやら今ここに漂っていた暗い雰囲気には気づいていないようだ。

「…え?水くみって、クロウとキースまだ戻ってないの?だいぶん前に出たはずだけど」

「う〜ん、またどこかで二人とも遊んでるのかなぁ?」

「…でも、係の仕事はいつもちゃんと…」

途中で言葉を止めたチカの横顔に、朱里は不穏なものを見てとった。

クロウとキース。
あのいたずら好きの子どもたちだ。

先ほど木製の桶を手で振り回しながら、町のほうに消えていくのを見た。

「…町…」

呟いて朱里は、その単語に肌がざわめくのが分かった。


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