「しゅ、朱里さん?」

突然のことに戸惑って自分を呼ぶ小夜の声に振り向いて、朱里は答えた。

「手伝いもいいが、まずはお前の手当てが先だろ。さっきから血、垂れてるぞ」

見ると、小夜の膝からは確かに血の筋が一本流れていた。

「トマトなんかより、まずは自分のことかばえよな。避けられる怪我なら、避けたほうがいい。自分第一だろ」

「あっ、はい。心がけますっ」

小夜がうなずくのを確かめてから、朱里は再び腕を掴んだまま歩き出す。


朱里は昨日のことを暗に言ったつもりだった。

たかが俺のために、怪我なんてしなくていい。
お前が傷つく必要なんて全然なかったんだ。

本当ははっきりそう言いたかった。

遠回しな表現で曖昧にして、きっと自分は小夜に負わせた額の傷から逃げているのだろう。

小夜についた傷は、自分の罪の証でもあるのだから。



窃盗――。

これが生きていくために必要だったなんて言い訳にすぎないことに、朱里は気付いていた。

現にこの家の孤児たちはそんなことしなくても畑を耕して生きていける。

いくらでも一人で生活していく方法はあったのだ。

それでも自分が窃盗を繰り返していた理由は、ただ一つ。

――この世界を憎んでいたから。

このカレストイという町を、大人たちを、自分を残して逝った両親を、世界中の何もかもを憎んでいたからだ。

そんな世界すべてに復讐したくて、朱里は窃盗を繰り返した。

盗れるものは何でも盗ってやる。

そしてそれが結果として、生きていく上で必要な食料の取得法となった。

結果は同じでも、始めた理由が違えば意味はまったく変わってくる。


俺はずっと、罪を犯してきたんだ。

そのツケが今になって、小夜に傷を負わせてしまった。


どんなに後悔しても、もう過ぎた時間は戻らない。
自分の罪が消え去ることなんて一生ない。

特に、この町にいるときは…。


無意識のうちに強く握った小夜の腕が壊れてしまいそうなぐらいに細くて、朱里はさらに罪悪感に襲われた。

この小さくて脆い小夜に、これ以上自分の罪が及ぶことだけは避けたい。

そうだ。

自分の罪は何もかも全部、自分で背負わなければ。


「…朱里さん…?」

小夜の不安げな声にも気付くことなく、朱里は後ろを振り返ることもしなかった。


****



「ほら、足見せろ」

小夜をベッドの端に座らせ、朱里は床に膝を落とした。

真っ赤に擦れた小夜の膝小僧の血をそっと布で拭ってやる。

「…っ」

「あ、悪い。痛んだか」

「い、いえ。これくらいどうってことないです。手当てなんてしなくても、放っておけばそのうち治りますからっ」

先ほど朱里から普段と違う空気を感じた小夜は、やたら遠慮して朱里の手当てから逃げようとする。

「あっ、馬鹿、逃げんなって!」

「だっ大丈夫ですからっ!」

捕まえようとした膝がさっとベッド上に逃れ、朱里も追うように体を伸ばした。

途端。


「おわっ!?」

抵抗する小夜の伸ばした足につまずいて、朱里はベッドに思いきり体ごと倒れ込んでしまった。

スプリングが異様な悲鳴を上げて揺れる。


「ってぇー…いきなり足伸ばすなよ、危ねえだ、ろ……」

途中で言葉が止まる朱里。

顔を上げたその目下には、もちろん小夜が下敷きになっているわけで。

「…あ…?」

小夜を組み敷くような姿勢のまま、朱里は思いもよらぬ展開に身を固まらせた。



ベッドについた朱里の手の間で、小夜はあまりに無防備な姿をさらしていた。

肩より少し長い柔らかそうな髪の毛が無造作にシーツ上に広がり、わずかに盛り上がった胸元は呼吸に合わせて上下する。

さらにめくれたスカートからは、細く白い両足が柔らかい曲線を描きながら、朱里の足の間に投げ出されていた。


今までにない小夜の露わな姿を目の当たりにして、急激に顔が熱を帯びてくるのを朱里は感じた。

「ご、ごめんなさいっ。お怪我はありませんでしたか?」

そんな朱里の変化は露知らず、小夜はうかがうようにその顔を見上げてくる。

申し訳なさそうに見つめる大きな黒目がちの瞳に、朱里は胸の奥にかすかな疼きを覚えた。

自分の腕の間に横たわる小夜は華奢で可憐な少女だ。

改めてそれに気付いてしまうと、ますます胸は動悸を起こすばかり。


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