作業はそれから夕方まで続いた。
上空を飛ぶカラスの鳴き声にふと顔を上げると、いつの間にか空が橙色の黄昏に包まれていた。
一日の終わりが近づいていることを自覚させる夕焼け空。
もうこんなに時間が経ってたのか。
朱里は思いのほか自分が、畑仕事に夢中になっていたことに気付いた。
腰を上げて周りを見ると、すっかり綺麗に整えられた畑が広がっている。
その中には、夕日に照らされて子どもたちが野菜の収穫を続けていた。
今日の夕食に使う分だけ、というチカの出した条件の下、子どもたちは各々一番美味しそうな野菜を真剣に選んでいるようだ。
朱里はその様子を一人立って眺めながら、今日二度目の伸びをした。
長時間屈み込んでいたせいか、体じゅうの筋肉がずいぶん固くなっているのが分かる。
疲労感は確実に体内に蓄積していたらしい。
しかしそれ以上に、朱里の中は充実感でいっぱいだった。
それは畑仕事が思ったよりずっと楽しかったから、というだけではない。
自分と同じ孤児という立場で、必死に自給自足していこうとする子どもたちの姿を、垣間見ることができたからだった。
昔の自分にはない考えを持った子どもたち。
昔の自分よりもずっとまともな生き方をしている孤児たちの姿が、朱里には救いのように思えた。
自分の味わった辛さを、同じように子どもたちが経験せずに済むのは嬉しいことだったから。
この森は町の人間から忘れ去られた忘却の森であると同時に、子どもたちの聖域なのだ。
誰も犯すことのできない彼らだけの穏やかな場所。
帰る家とこの森がある限り、きっと子どもたちは笑って生きていけるだろう。
そう思うと、不思議な安堵感が湧いてくるのが分かった。
子どもたちと昔の自分を重ね合わせ、嬉しそうに畑をいじる小さい自分の姿が頭にぼんやり浮かんだ。
知らず知らずのうちにまた緩んでいる表情に気付くこともなく、朱里は楽しそうに笑い合う子どもたちをずっと眺めていたのだった。
「みんな、野菜はちゃんと持ったね?そろそろ家に戻るよ」
しばらくして、一行は家への帰途についた。
子どもたちはそれぞれ自分が選んだとっておきの野菜を誇らしげに抱いて、薄暗い森を我が庭のように慣れた足取りで進む。
小夜も同様に自ら収穫したのだろうトマトを3個ほど胸に抱え朱里の横を歩いていた。
が、その足取りは…まあ、言うまでもないだろう。
家の前に到着したとき、小夜の腕の中のトマトが全部無事だったことは、はっきり言って奇跡に近かった。
かなり派手にすっ転んでいたのだが、トマトだけは死守したらしい。
その代わり、小夜の膝が見事なトマト色に染まっていたが。
「じゃあ持ってる野菜は地下の料理場に運んで。みんな、今日の自分の当番は分かってるよね?」
指示を出しながらチカは子どもたちの顔をぐるっと見回した。
子どもたちはそれぞれ頷きながら、
「俺は水くみ係ー」
「俺も同じく」
「あたしは料理担当だよ。フウもだよね?」
「うん、おなか空いたから早く作ろ〜」
しっかり自分の役目を把握しているようだった。
小夜の隣にいたアオも飛び跳ねながら、
「僕はお皿運ぶの!」
嬉しそうに小夜の顔を見上げて言う。
「うん。それじゃみんなよろしくね。協力してがんばろう」
チカはかすかに微笑んでみせると、そのまま家の中に入っていってしまった。
子どもたちも忙しそうにそれぞれ散り始める。
家の前には朱里と小夜だけが、夕日を背にぽつんと取り残された。
「あー…俺らは特にやることねぇな」
所在なく呟く朱里に、しばし小夜は考えるような仕草をして唐突に手を叩く。
「それなら私たちは、料理のお手伝いをさせてもらいませんかっ?お料理作りはしたことがないので、ぜひしてみたいですっ」
嬉しそうに人差し指をぴんと上げる小夜。
「ああ。…でもその前に」
呟いたかと思うと、いきなり朱里は小夜の腕を掴んだ。
そのまま家の中へと引きずっていく。