森の中は思ったより明るく、木立の間から射し込む陽の光で眩しいほどだった。
胸いっぱいに空気を吸い込むと、清々しさが肺に満ちてくるようで気持ちがいい。
「…こうしてると、平和な町なのにな」
まるで昨日のことが嘘のように、辺りは穏やかな空気に包まれていた。
もっとも、町中に出れば間違いなくまた騒動が起こるのだろうが、とりあえずこの森は人に忘れ去られたかのように静けさを守っている。
鮮やかな緑溢れる森の中を、子どもが6人縦一列に並んで歩く様は、まるで童話に描かれる挿絵の中の世界のようだった。
しみじみとその光景を眺めつつ歩いていた朱里の顔に、突然暖かい陽射しが降り注いだ。
眩しさに手をかざして見上げれば、葉の緑を割って一面に秋の空が広がっていた。
水で薄めたような淡い水色の空が、突然木々の天井をくりぬいたような形でぽっかりのぞいている。
それに朱里が気を取られていると、小夜が叫んだ。
「うわっ、すごいですっ!ここが皆さんのお仕事場なんですね!」
仕事、という単語に顔を戻すと、そこには上の空と同じくらい開けた土地が広がっていた。
森が一部だけ切り取られたかのような、直径10メートルほどの自然の空き地が姿を現したのだ。
その空き地の中心にそれはあった。
「……畑、か?」
長方形に掘り返し整えられた部分だけ土の色が濃くなった土地。
中には規則正しく、何かの植物が何列にもわたって並んでいる。
子どもたちはさっそくチカが持っていたバケツから棒を掴み出すと、畑のほうへ散っていく。
見ると、棒だと思っていたものはどうやら、スコップや小さめの鍬など、畑を耕すための道具のようだった。
「なんでこんなところに畑が…」
森の中に突如現れた畑に朱里はぽかんと口を開けて立ち尽くす。
すると、スコップを片手に握ってアオが駆け寄ってきた。
「驚いた?ここ僕たちの秘密基地なんだよ。すごいでしょ!」
「ひ、秘密基地?」
「うんっ。町の皆には内緒で、こっそりここでいろんな野菜を作ってるの」
言われて畑のほうに目をやると、確かに一つの畑の中に所狭しといろんな種類の野菜が植えられているようだった。
今はそこで子どもたちがはしゃぎ合いながら作業をしていた。
朱里の隣にいたはずの小夜も、いつの間にか子どもの輪にまじって楽しそうにスコップで土を掘っている。
「そうか…。ここで食い物作ってお前らは生活してんだな」
畑を眺めながらぽつりと呟いた朱里に、アオはこくんと頷いた。
「うんっ。皆で作った野菜はすごくおいしいんだよっ」
自給自足の生活。
昔の自分には思いつきもしなかった方法だ。
楽しそうに畑いじりをする子どもたちを眺めていると、今まであまり向こうから関わってこなかったチカが、朱里の側までやってきた。
冷静な顔で見上げられる。
「あなたはやらないの?仕事」
「は?俺?」
自分の顔を指差す朱里にうなずいて、チカは子どもたちに混ざる小夜の姿を指し示した。
「あのお姉さんはやってるよ」
「あー…あいつはまぁ。俺は別に…」
「そうなの?仕事をしない人には、晩ご飯出ないけど」
じっと見つめられて、うっと呻く朱里。
チカの横では同じようにアオが、こちらを見上げている。
その顔は、一緒にやろうよ、楽しいよ、と明らかに朱里を誘っていた。
「……っ分かったよ。手伝えばいいんだろ」
渋々答えた朱里にすかさずアオが、持っていたスコップを差し出す。
「皆でやればきっと楽しいよ!」
早く早くと急かすアオに、はいはいと返事をしながら朱里は畑に向かっていった。
一人残されたチカが何か見定めるような神妙な面持ちで、その後ろ姿を黙って見つめていたのには気づきもしなかった。