しかし。
実際ハンパではなかったのは、子どもたちのほうだった。
どこで鍛えたのか異常な俊敏力と反射神経で、ことごとく朱里の魔の手から逃れ、誰一人として捕まることがなかったのだ。
ただ、小夜一人を除いては。
小夜を鬼にさせないため自分が犠牲になったはずなのに、朱里の手に捕まる相手は小夜だけだった。
小夜だけは他の子どものように素早いわけではないので、朱里が闇雲に腕を伸ばせば、自然と捕まってしまうのだ。
しかし小夜に目隠しさせるわけにはいかない、というのが朱里がこの遊びに参戦した当初の理由である。
結果、鬼となった小夜にわざと捕まる形で、朱里が再び鬼になるというわけだ。
つまり朱里はほとんど一人でずっと、目隠しを強いられているような状態だった。
「ど、どこだガキ共。いいかげん捕まりやがれ…!」
先ほどの小夜とまったく同じ足取りで、ふらふらしながら朱里が叫んだ。
「やだよー!」
「絶対捕まらないよっ」
朱里の気も体力も知らない子どもたちは、思い思いの言葉を投げかけながら元気よく走り回っている。
これが後どのくらい続くんだ…?
朱里が近い未来に地獄を見たときだった。
「みんな、そろそろ出るよ」
わずかに子供たちよりも落ち着いた感じの声が、横のほうから響いた。
布を下げてそちらを見ると、床下の階段からちょうどリーダー格の少年チカが姿を現したところだった。
「えぇー、もう?」
「もうちょっと後でもいいでしょー」
子どもたちはまだまだ目隠し鬼を楽しみたいらしく、嫌々するように体を揺らす。
「駄目だよ。ちゃんとルールを決めたでしょ?働かない子に食べる物はないって。来なくてもいいけど、その場合今日の晩ご飯はなしだからね」
チカの容赦ない一言に、子どもたちは渋々うなずいた。
内心朱里もほっと息をつく。
これでようやく、鬼から解放されるわけか…。
今まで自分の視界を覆っていた疲労の元となる布を、無造作にベッドに投げ捨て、朱里は改めてチカが手に持っている物に目をやった。
あちこちへこんだ鼠色のバケツの中に、何やら棒のような物が5,6本詰め込まれている。
「皆さん、どこかに出かけられるんですか?」
朱里より早く小夜が質問を投げかけた。
それに対してチカはさらっと答える。
「うん、仕事にね」
「仕事?」
首をかしげる小夜にそれ以上返答せず、チカはそのまま集まってきた子供たちを引き連れて外に出ていってしまった。
「何のお仕事でしょう?」
「………」
仕事、と聞いて、朱里の脳裏に一瞬浮かんだ単語がある。
自分が幼いときに行っていた生きるための仕事。
"盗人"という名の仕事だ。
「…あいつらもやっぱり…」
自分にだけ聞こえるほどのかすかな声で呟いて、朱里は外への扉を黙って見つめた。
(きっと町の中心へ向かうんだろうな…)
そこでチカの答えたとおり"仕事"をする。
子どもたちだけで生きていくためには、盗みを繰り返すしか方法がないのだ。
それは朱里自身身にしみて分かっている。
だから、止めることもできない。
盗みを止めることはすなわち、死ねと言っているようなものだから。
押し黙る朱里とは反対に、小夜はそわそわした様子で子どもたちの出ていった扉のほうを見ていた。
「朱里さんっ、私にも何か、皆さんのお手伝いできることがあるでしょうか?一晩泊めていただいたお礼もしなきゃですし」
「…今回はやめとけ」
きっぱり言い放って、朱里はベッドに腰を下ろした。
昨日の今日だ。
町の連中に見つかったら、何されるか分からない。
また小夜が怪我をする恐れだって、ないわけではないのだから。
「でっ、でも何かお役に…」
小夜が言いかけたときだった。
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