「……っ」
一瞬そのあまりの凄さにさすがの朱里もひるんだが、なんとか頭に積もった埃ははたき落としてやった。
すると、ずれた布の下からようやく小夜の瞳がのぞいた。
小夜は今日初めて朱里の顔を瞳に捉えると、
「おはようございます、朱里さんっ。昨夜はよく眠れましたか?」
埃まみれの格好で律儀な挨拶をして、今の状態にそぐわない満面の笑顔を浮かべた。
「おはようございます、じゃねえよ。何してんだお前。朝っぱらから埃まみれになって」
小夜の頬についた汚れを袖の端でこすってやりながら、朱里が盛大なため息をつく。
「あ、えと皆さんと目隠しごっこを…。今は私が鬼なんです」
えへへと笑ったあと、目を隠す布が外れていることに気づいた小夜が、慌ててそれを巻き直しにかかる。
「馬鹿、やめとけって。これ以上埃まみれになってどうすんだ。お前こけやすいんだから、目隠し無しのハンデくらいもらえよ」
「だっだめですよ、そんなの!やると決めたら私もちゃんと公平にやらないとっ」
止める朱里も顧みず、再び視界を布で覆った小夜は、意気込んでよろよろ歩き出した。
それまで黙って様子を見ていた子どもたちも、途端に蟻の子を散らすように声を上げて逃げ始める。
「み、皆さんどこですか〜」
小夜も必死にそれを追いかけるのだが…。
小夜が進んでいる方向は、明らかに誰もいない部屋の角。
このまま行くと、転びはせずとも間違いなく壁にぶつかるだろう。
それを予感した朱里はやれやれと呟いて、手を宙に伸ばし歩く小夜の前に進み出た。
当然、小夜の伸ばした手は朱里に当たる。
「え?あっ、やりましたよ!捕まえました!」
相手が誰とも知らずに、小夜は目隠しを取って、初めてのおつかいに成功した子どものごとく、喜びとわずかな誇りに満ちた笑顔で前を見た。
「じゃあ次は……あれ。どうして朱里さん?」
朱里の姿を認めた瞬間、笑顔がぽかんとした顔に切り替わる。
てっきり子どものうちの誰かを捕まえたとばかり思ったのに。
朱里にも分かるほど、小夜の目が一瞬にして無念の色に塗り変えられた。
がっくり肩を落とした小夜の手から、朱里がするっと目隠しを奪い取る。
「じゃあ、次は俺が鬼だな」
当然のようにさらりと言った朱里は、そのまま奪った布で自分の目元を隠した。
「えっ、あ、あの?」
「ほら逃げろよ。じゃないとすぐ捕まえるぞ」
"捕まる"という朱里の言葉に、戸惑いながらも反射的に身を離す小夜。
やはり目隠し歩きは辛いものがあったらしい。
結局は子供たちが隠れるほうへと、パタパタ走っていった。
「…やれやれ」
小夜が遠ざかっていく音を耳で確かめつつ、朱里は小さく息を吐く。
朱里がわざと小夜に捕まったのには、もちろん理由があった。
言うまでもなく、これ以上小夜を埃まみれにさせないためである。
そしてそれ以上に、小夜に余計な怪我をさせないためでもあった。
だからこそ、あえて面倒な鬼の役を買って出たのだ。
小夜の額の傷は、朝を迎えた今も痛々しいものだった。
それが自分のせいで負った傷なのだと思うと、朱里はたまらなくなる。
もう小夜に傷を増やさせたくない。
これ以上あいつが傷つくことがないよう、俺が――。
ひそかな思いを胸に、朱里は大きく息を吸い込んだ。
「言っとくけど、俺の鬼はハンパじゃないからな。覚悟しろよ!」
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