第4章

子どもの聖域





「ふわぁ…」


朝日が射し込むベッドの上、朱里は思い切り伸びをして起き上がった。


あいかわらずスプリングが壊れる寸前のような音を立てるが、気にせず隣を見る。

が、そこで熟睡しているはずの人物の姿は見えなかった。

「どこ行ったんだ、あいつ」

窓から入る光で明るくなった部屋の中をいくら見回しても、人の気配はせず。

首をかしげて立ち上がった朱里の耳に、やたらにぎやかな笑い声が聞こえてきたのはそのときだった。


「きゃはははっ、……ちゃん……よ」

「また……か、……ますっ」


さすがに何を喋っているのかまでは分からないが、どうやら地下へ続く階段のほうから聞こえるようだ。

階段の扉は開かれたままになっていた。

「…ああ、なるほど」

一人うなずいて、朱里は何気なく埃や汚れて曇った窓の外を見る。

朝の、もう人が活動していてもいい頃であるにも関わらず、道を行く人間の姿はまったくなかった。

もっとも、周りが廃屋ばかりなので、この辺りには用がないのだろう。


だからこそ、あいつらもここで生活できてるんだしな。


ぼんやりと、朱里は昨夜見た子どもたちの顔を思い浮かべる。

痩せて汚れた顔。
自分たちを怯えたように見つめる瞳。

きっとその誰もが、町の人間に酷い目に遭わされた過去を持っているに違いない。


昔の俺のように、目に入ったからってだけで暴力を振るわれたり…。


だけどどんなに殴られ虐げられても、町なかに出ないわけにはいかない。

生きていくためにはそこにある食べ物が必要だから。

酷い仕打ちを受けたって、食べ物さえあれば生きていけるから。



生きていれば、きっといいことだって…。



朱里は、生にすがりつくようにして生きていた自分の過去を思い出し、わずかに眉を歪めた。


いつか救いがあると信じて、生きるためにはどんなことだってしていたあの頃。

人の物を盗むのだって、罪悪感のかけらもなかった。

いやそんな感情よりも、むしろ…。


「こっちだよーっ」

突然朱里を元の世界に引き戻すように、無邪気な子どもの声が響いた。

振り返ってみれば、アオを初めリーダーのチカを除いた子どもたち五人が階段を駆け上がって、一階に顔を出したところだった。
そのままバタバタと思い思いの方向へ散っていく。

床に積もった埃が一斉に舞い上がり、朝日を受けて黄金色に輝いたが、さすがにその量が尋常でないので素直に綺麗とも言えない。

「何してんだ、お前ら」

つかさず朱里の背後に隠れるように回ったアオに朱里が首を向けるが、アオは「しーっ」と指を口に当てたまま、じっと階段のほうに真剣な目を注いでいる。

何か見えるのか、と朱里も目をやるが、今のところ階段のある穴には何の変化もない。

「?特に何もねえけど…」

言いかけたとき、ふいに穴の淵から誰かの手がのぞいた。

妙にふらふらしながら、手首、腕、頭と穴の下から姿を現したのは、かつて見たこともない格好の小夜だった。


「な、何してんだ、お前!?」

思わず朱里は叫んでしまう。

その声にぱっと小夜が顔を上げて、朱里のほうを見た…が、まあ実際その目に朱里が映ることはなかっただろう。


なぜなら小夜は、白い布に目隠しされた状態で階段下から登場したのだから。



思わぬ小夜の姿に口をぽかんと開けた朱里に、背後のアオがこそこそ声で言った。

「だめだよ声出しちゃ。見つかっちゃうでしょ」

「み、見つかる…?」

布で目元を覆ったままなんとか床に立った小夜は、手を前に出して恐る恐る進み出した。

一歩一歩確認するように歩くその足取りは、見ている朱里もはらはらするほど危うい。
まるで生まれたての小鹿のようだ。

普通に歩いてるときでさえ放っとくと転ぶ奴なのに、と朱里が思った途端、案の定自分の足に足を引っかけて、小夜が思いきり床に倒れこんだ。

瞬間、ぶわっと埃の花が舞う。

「うわっ!ああもう、ほんと何してんだよ」

慌てて駆け寄り、朱里が二の腕を引っ張って起こすと、無惨にも全身埃にまみれた小夜の姿が露わになった。


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