小夜がベッドに近づいてくるのを確認すると、朱里は壁際に寄って仰向けに寝転がった。
月の青白く清い光がベッドにまで降り注いでいる。
横になったまま側の窓を見上げると、中空にぽっかり浮かぶ秋の満月が見えた。
「あの、朱里さん」
小夜の声に横を向くと、ベッドの側でこっちを見つめる小夜の姿。
「ひとつだけ、お願いしてもいいですか?」
「なんだよ?」
まさか狭いからベッドから出てけとかか?と考えつつ尋ねる朱里に、ひとしきり恥ずかしそうな視線を向けた小夜が呟く。
「……ぎゅうってしてほしいんです」
「は?」
「あのっ、ぎゅうって…。だめ、でしょうか?」
胸の前で手を組んで小夜はこちらの様子をうかがっている。
朱里は目をぱちくりさせた。
「さっきしたのに、また?」
こくん、とうなずく小夜。
朱里はやれやれと頭を掻きながら、
「…じゃあこっち来いよ」
微妙に赤くなった頬を不機嫌そうな顔でごまかしながら、自分のベッド横をぽんぽんと叩いたのだった。
「嬉しいですっ」
顔を輝かせて小夜は朱里のすぐ側に横になった。
「言っとくけど特別だぞ!今日だけだからな!」
「はいっ、ありがとうございます」
素直な小夜の笑顔に、朱里はこれ以上何も言えずすっかり毒気を抜かれてしまう。
「…しかし、なんかお前子どもみたいだぞ。アオの真似か?」
そっと包み込むように小夜の背中に腕を回すと、優しい香りが朱里の鼻をくすぐった。
そのまま折れてしまいそうなほど華奢な体を、自分のほうに引き寄せる。
「はい…。ほんとはいつもこうしててほしいんですが、我慢してるんです。朱里さんにぎゅっとしてもらうと、すごく安心するんです…」
腕の中からこちらを見上げて微笑む小夜に、つい朱里の胸はドキリと反応してしまった。
無防備に体を預ける小夜。
思いのほか密着した体からは、なんとも言えない柔らかい感触が直に伝わってきている。
(……やべ)
朱里の波打つ鼓動はきっと、胸の中にいる小夜にも聞こえているに違いない。
余裕ぶってOKサイン出すんじゃなかった、と朱里は内心後悔の念でいっぱいだった。
しかもこのタイミングで図ったように小夜が尋ねるてくる。
「朱里さんはぎゅってするの、好きですか?」
瞬間、朱里の脳内は動揺で大爆発を起こした。
(なんでこいつは今こんなこと聞いてくるんだ!?まさか俺が今何考えてたのかばれたのか!?俺の頭の中何もかもばれてんのか…!?)
急上昇する心拍数と動揺を抑えるすべもなく、朱里は口をぱくぱく動かしながら、
「あ、あほっ!んなわけあるか!!それじゃ俺が変態みたいだろ!!」
早口にまくしたてた後、驚く小夜に一言。
「こっ、こういうのはお前に限りアレだよっ」
「アレ?」
「……っ!!」
動揺と混乱のせいで、思わぬ言葉が自分の口をついて出てきたのに朱里は驚いた。
しまった、こんなこと言うんじゃなかった!と後悔してもそれはもう後の祭りである。
恥ずかしい自分の言葉と、相当赤くなっているだろう顔を小夜から隠すため、朱里は力の限り小夜を抱く腕に力を込めた。
朱里の胸に押し付けられた小夜が「むぅう」と唸っているが、そんなこと朱里の知ったことではない。
「寝ろっ!とにかくもう寝ろ!!」
小夜が意識を失うまではこうしていよう、と心に決めた朱里であった。
27/117