小夜は窓から射し込む月明かりの下で楽しそうにくすくす笑っている。

青い幻想的な光を浴びて微笑む小夜に引き寄せられるように、朱里はゆっくりと近づきその顔を見下ろした。

「…お前って、すごいよな…」

小夜の顔を見ていると、無意識のうちに言葉がこぼれた。

「はい?」

不思議そうにこちらを見上げてくる小夜に視線を留めたまま、朱里は内から溢れ出てくる思いを言葉に変えて紡ぐ。

「改めて思った。どんなものでも、何の抵抗もなく受け入れられるなんてすごい…。お前ほんとすごいよ」

「あ、えと…」

戸惑う小夜の華奢な腰に腕を回して、突然朱里がその体を抱き上げた。

「わわっ!?」

びっくりして目をぱちくりさせる小夜の顔を見上げながら、朱里が続ける。

「もしあの頃お前がこの町にいたら、俺も受け入れてくれたのかな。町の連中みたいにただ追い出そうとするんじゃなく、さっきみたいに抱きしめてくれたのかな、お前なら…」

「…朱里さん…」

悲しそうな目でじっと見つめる朱里に、小夜はただ黙って手を伸ばした。

そっと小さな子どもにするように、朱里の頭を胸に抱きしめる。

自分を包み込む柔らかな温かい感触。

言葉はなくても小夜の優しさが痛いほど伝わってくる。

朱里はたまらず小夜の体を抱え上げたまま、強く強く抱きしめた。




しばらくして小夜を解放すると、朱里がふと呟いた。

「…けど俺を受け入れたら、逆にお前が傷つくんだよな…」

そっと小夜の前髪を上げると、額には赤いアザが浮かんでおり、傷口も出血はないものの目立ちはした。

「…痛むか、これ」

アザの周りに指をはわせながら朱里が目を細めると、慌てたように小夜が手を左右に振った。

「いえ、全然平気ですよっ」

小夜の顔をのぞきこみながら朱里が口を開く。

「…あんま無理すんなよ。俺が原因で、お前がしなくてもいい怪我するなんてだめだ。頼むから今日みたいな無茶はもう…」

蘇るのは昼間の記憶。

小夜が石を受けて地面に倒れこんだとき、朱里は心底恐怖した。

どんなに自分が傷つき倒れるよりも、小夜が傷ついてしまうことのほうがずっと怖かった。

失うかもしれないという恐怖は、何よりも深くて重いものだ。

ましてや、それが自分にとって大切なものなら、なおのこと――


「いいえ、しますよ。朱里さんのためだったら、いくらでも無茶します」

しかし朱里の思いとは裏腹に、きっぱりと小夜が言い放った。

「あ、あのなぁ!!人の話聞いて…」

「朱里さんが私に怪我させたくないのと同じくらい、私も朱里さんに傷ついてほしくないんですっ。今日だって、朱里さんに石が当たらなくてほっとしました」

にっこり笑う小夜の額には、朱里を守った証でもある赤いアザがはっきりと浮かんでいる。

それを見て朱里は激しく首を振った。

「だからって女のお前が顔に傷作るなんてだめだ!!俺に当たってたほうがずっといいに決まってんだろ」

「よくないですっ」

「いいんだって!」

「絶対嫌ですっ!」

両者一歩も譲ることなく、ただ視線を交わす時間だけが過ぎていく。

結局、先に折れたのは朱里のほうだった。

「ああもう、これじゃキリねぇな。またうるさくしてチカに怒鳴られんのも何だし、今日はもう寝ようぜ」

はぁ、とひとつため息をついて、朱里は側にあるただ唯一のベッドに深く腰かけた。

古いせいかスプリングが異常に軋む音を立てて揺れる。

「狭いけど、埃だらけの床で寝るよりはましだろ」

「せっかく、皆さんが貸してくださったベッドですしね」


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