子どもたちの隠れ家に宿泊を許可された朱里と小夜には、廃屋一階の空き室が与えられた。
地下にもまだ他に部屋はあるそうなのだが、空きのベッドがあるのが一階のみだったため、二人は埃の積もる部屋に再びおもむいたのだった。
『あまり綺麗じゃなくて申し訳ないけど、別にいいよね』
と、申し訳なさを微塵も感じさせない表情でさらりと言い流したチカは、ベッドを指し示すとそのままさっさと地下へ戻っていった。
結局、今や完全に夜に沈んだ部屋に残されたのは、朱里と小夜、そして二人の後を心配でついてきたアオだけだった。
ベッド横の窓から射すほのかな月明かりを背に浴びながら、朱里が息をつく。
「いろいろ迷惑かけて悪かったな、アオ。大変だったろ」
仲間たちを納得させるために、小さいながらも奮闘してくれたアオの姿が頭に浮かんで、朱里はわずかに微笑んだ。
その朱里の言葉に、アオはぷるぷる首を振って、
「ううんっ。でも僕がんばったよ。二人のこと大好きだからっ」
月光の下朱里と小夜に無邪気な笑顔を向けた。
それに素直に微笑みを返して、小夜がアオの目の高さにしゃがみ込む。
「私もアオ君のこと大好きですよ。ねっ、朱里さん」
言って朱里のほうを振り返ると、いきなりのことに朱里は戸惑いをみせたが、すぐ返事の代わりにアオの頭に手を乗せて肯定の意を示した。
目の前にある小夜の柔らかい微笑みと、頭の上にある朱里の温かい手の感触に、アオはくすぐったそうに顔をくしゃくしゃにして笑った。
「えへへっ、嬉しいや」
なんとも幸せそうな笑顔が月明かりに照らされて輝く。
「じゃあ僕もそろそろ下に戻ろうかな」
笑顔の余韻を残して、アオは地下へ続く階段のほうへ身をひるがえした。
が、何か思うところがあったのか、急に小夜のところへ戻ってくる。
「?どうしました?」
小夜がかがんで視線を合わせると、アオは妙にそわそわした様子で、
「あ、あのね…お姉ちゃん、もう一度だけぎゅってしてくれる…?」
恥ずかしそうに手を後ろで組んで、もじもじと小夜の顔を見上げるアオの姿は、あどけなくてなんとも可愛らしいものだった。
思わずにっこり笑って、小夜は床に膝をつき、その小さく細いアオの体を優しく抱きとめてやった。
全身を包み込むような温もりと心地よさに、アオが頬を緩める。
「あったかい…。僕ね、こんなふうに誰かにぎゅってしてもらうの初めてなんだ…。すごく嬉しい、ありがとうお姉ちゃん」
アオの小さな手がぎゅっと小夜の背中に触れた。
それに応えるように、小夜がそっとアオの頭を撫でる。
「アオ君が喜んでくださるなら、一日中でもずっとこうしてますよ」
小夜の言葉にアオはふふっと笑って、
「それってどんなに幸せだろうね…。でも、やっぱりだめだよ。お兄ちゃんが焼きもち焼いちゃうといけないから」
「なっ…!」
それまで二人をぼんやり眺めていた朱里が口を挟もうとしたが、それより前にアオは小夜から離れると、「おやすみっ」と手を振って地下のほうへ駆けていってしまった。
後に残された朱里は、完全にアオに文句を言うタイミングを失ってしまう。
「…アオめ、子どものくせに変な気回しやがって…」
とりあえずそう呟いて、朱里は後ろの小夜を振り返った。