みんなって誰のことだ?
家族かな、とぼんやり考えていた朱里は、家の中の様子を目の当たりにしてぎょっとした。
数センチも埃が降り積もった表面の見えない床。
ほとんど調度品のない、がらんとした6メートル四方の薄暗い部屋。
灯りはどこだ、と天井を見上げるが、設置された電球はどれも見事なぐらい割れており、一つとして灯りが点きそうなものはない。
唯一部屋の隅にベッドがあったが、遠目にも長年使用されていないことは一目瞭然だった。
歩くたびに足元で軋む床を眺めつつ、朱里はふと首をかしげた。
(どう考えても、ここで人が暮らしてるとは思えねぇけど…。どういうつもりなんだ、こいつ)
前を慣れたようにスタスタ歩くアオの後ろ姿をじっと見つめるが、もちろんそれで答えが返ってくるわけでもない。
「ここに皆さんがいらっしゃるんですか?」
この家の様子にさすがの小夜も戸惑っているらしく、不安げに朱里の服の裾を摘まんで周囲を見回している。
アオは二人の不安をよそに、そのまま部屋の隅、ベッドが置かれている隅と対角線を結ぶ場所まで来ると、突然その場にしゃがみ込んだ。
「ちょっと待ってね、すぐだから」
何がすぐなのかまったく意味が分からない朱里と小夜は、何やらごそごそやっているアオの小さな背中を見守っているしかない。
ただ、アオがしゃがんだことで朱里のコートの端が埃の積もった床へダイブしていたが、これももう顔を背けて見なかったことにするより他なかった。
ギィィ、と重たそうな音が薄暗い室内に響いて、しゃがむアオの足元から淡い光が漏れてきた。
立ち上がって朱里たちを振り返ったアオは、にっこり笑顔で手の先を床に向ける。
「ここが、僕たちの家の入り口だよっ」
その手が指し示す先にあったのは、ぽっかりと1メートル四方ほどの口を開けた、淡い橙色の光を放つ地下への入り口であった。
どうやら埃のたまった床に扉が隠されていたらしい。
朱里と小夜がのぞき込んだ穴の先には、地下へと続く階段が奥からほのかな灯りを受けてぼんやりと浮かび上がっていた。
「すげぇ…地下か。なかなか凝ってんな、お前ん家」
「えへへっ、カッコいいでしょっ?」
嬉しそうに笑みをこぼすアオに、それまで口をぽかんと開けたまま穴の奥を見つめていた小夜が突然コクコクと首を振った。
「はいっ、すごくかっこいいですっ!秘密の隠れ家って言うんですよね?以前本で読んだことがありますっ。ずっと訪れてみるのが夢で…感動です!」
なにやら妙に興奮した様子で、強く握った両こぶしをぶんぶん胸の前で振っている。
それを真似てか、アオも手を振り出した。
「そうなの?僕もね、ちっちゃい頃本で見たことあるんだよっ!もうすっごくカッコよくて、いろんな仕かけがあったりするやつっ」
「はいっ!それでドキドキワクワクするような出来事がっ…!!」
「お前らなあ…」
気持ちの高揚とともに声の調子も高まる二人をそろそろ止めようと、朱里が一歩踏み出したときだった。
「こぉらーアオー!!声が大きいよー!!」
思わぬところから注意の声が響き渡った。
地下の穴のほうからだ。
「な、なんだ?」
突然の大声に驚いて朱里が穴の階段下を見るが、誰の姿も見えない。
声の主はもっと地下の奥にいるのだろう。
「えへへ、怒られちゃった」
アオが舌を出して笑うと、その前に立つ小夜も照れたように笑顔を返した。
「ついつい夢中になってしまいました。気をつけないとですね」
言って口に手を当て、朱里の側まで来ると下をのぞき込む。
「この下にご家族さんが住んでいらっしゃるんでしょうか?」
意識して小声で喋る小夜につられて、朱里の声も自然と小さくなった。
「だろうな。それにしてもずいぶん若い声だったけど」
確かに朱里の言うとおり、先ほどの声は明らかに子ども特有の高さを持っていた。
声の主は朱里や小夜よりもずっと下の年齢だろう。
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