小夜に比べ、未だに丸くした目を向けているのは少年だ。

少年は自分の膝の上に投げ渡されたコートをかけたまま、朱里のほうに首をかしげてみせた。

「お兄ちゃんは寒いの平気なの?」

その問いに腕を組んだまま、朱里がぎこちなくうなずいてみせる。

「おう、全然、平気だ」

妙に喋り方も硬かったりする。
というか、わずかに口許が引きつっているように少年には見えた。

明らかに平気そうではない朱里の様子に首をかしげる少年の側で、自己反省からよみがえった小夜が急に身を乗り出した。

「朱里さん、寒いの苦手ではないですかっ!!コートを着てらしても寒い寒いっておっしゃってるくらいなのに、無理してはだめですよ!!」

慌てる小夜に、あくまでも腕を組んだ姿勢で朱里が言葉を返す。

「無理なんてしてねぇって。俺がこの中で一番体でかいし丈夫だからな。ほら、さっさと着とけよ」

半ば無理やり少年にコートを羽織らせると、朱里はそのままベンチから立ち上がり、前に広がる暮れゆく空を見上げた。


もう夜はすぐそこまでやって来ている。

これからどうすべきなのか、今のところいい考えはまったくといっていいほど浮かばない。

途方に暮れる、とはまさしく今の状態を言うんだろうな、と朱里は苦笑して後ろを振り返った。

大きめのコートに身を包んだ少年は嬉しそうに笑っている。

反対に自分のほうを心配げに見上げる小夜の顔に、朱里は頭を掻いた。

「んな顔すんなって。どこか絶対宿見つけるからさ」

笑って安心させてやりながら、朱里の心の中で「嘘だ」と呟く声が聞こえる。

この町にいる限り、朱里たちを泊めてくれる宿など一軒もないことは、朱里自身百も承知だった。

だが小夜の不安そうな顔を見たら、大丈夫だと言わずにはいられない。


しかしそんな朱里の思いとは裏腹に、小夜は首を左右に振った。

「いいえ、そうではなくてっ。宿のことはいいんです。でも、朱里さんが風邪を引かれたりしないか心配で…。本当に無理、されてないですか?」

朱里が寒がりであることを日頃からよく見ている小夜にとっては、今の朱里が強がっていることなど容易に想像できるのだろう。

実際先ほどから朱里は、自分のシャツを容赦なく貫いて刺す冷たい風に、鳥肌を立てていた。

本当だったら腕を抱えて震えているところだが、変に少年に気を遣わせたくなくて、じっと耐えているのだ。

「寒いなら、そう言ってくださったほうが…」

「寒くねえって」

頑なに小夜の言葉に拒否を示して、朱里は顔を背けた。

これ以上寒いうんぬんで話を続けても仕方ない。

今第一に考えなければならないことは、他にあるのだから。


(…せめて屋根のあるところが見つかれば助かるんだが)

顎に手を当てて考え込むが、いくら昔の記憶を探ってもそんな都合のいい場所はひらめかない。

本気で困った、と朱里が眉を寄せたときだった。

「あれ、もしかして二人とも」

朱里の心中とはかけ離れた無邪気な声が発せられて、見ると少年が小夜の膝から懸命に下りようとしているところだった。

足を地面に伸ばしながらうんうん唸っている少年に、小夜が手を貸してやっている。

やっとのこと地面に下り立つと、少年は小夜と朱里の顔を交互に見て、

「もしかして、行くところがないの?」

指を口許に当て首をかしげてみせた。

そのなんとも子どもらしい仕草に、朱里はつい苦笑を漏らしてしまう。

「まぁ、今のとこな」

そう軽く答えたつもりだったが、少年は何か考えるようにじっと朱里を見上げたまま黙り込んでしまった。

自分に注がれる子ども特有の無垢な視線に、なぜか朱里はどぎまぎしてしまう。

「な、なんだ?どうしたんだよ」

困惑気味に尋ねる朱里に向けられていた瞳が、今度は急に背後のベンチに座る小夜のほうに移された。

朱里も無意識のうちに小夜を見る。

小夜はまだ血が止まらないのだろう、額にハンカチを当ててきょとんとした顔をこちらに向けていた。

「どうされたんですか、お二人とも」

突然自分に向けられた二人の視線に驚いたようだが、それもすぐに笑顔に変わる。


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