第3章

温かい場所





夜の帳が下りてくる気配が近づいてきていた。

公園の隅の草むらからは、秋を彩る虫の音が聞こえ始めている。

気温も下がり、コートの襟を立てながら、朱里は横で幼い少年と楽しげに話をしている小夜のほうを見た。

小夜は未だに半袖の上に薄手のカーディガンを羽織っているだけの格好である。

夜になってますます気温が下がれば、耐えられないほどの寒さになるだろう。

「おい、小夜」

言いかけて、しかし朱里の目は小夜の膝に座る少年の姿に注がれた。

半袖に半ズボン。それも生地は相当薄く破れている箇所もある。

「お前、それじゃ寒いだろ」

朱里の言葉に、少年がきょとんとした顔を返した。

空気にさらされた細い腕を朱里が指で示すと、当人ではなくなぜか側にいた小夜が「あっ」と声を漏らした。

「そうですね。もうずいぶん日も暮れてきましたし、何か上に羽織るものを」

言いながらもぞもぞと自分のカーディガンを脱ごうとする小夜に、朱里はとっさに手を突き出して、

「ちょっと待った!!そいつにそれ着せたって、同じくらいお前が薄着になったんじゃ全然意味ねえだろうが」

見れば確かに小夜の上着の下は、少年と似たり寄ったりの薄い生地である。

しかし小夜はそんな朱里の指摘にも珍しく従うことなく、脱いだカーディガンを少年の肩にかけてやった。

「私のほうが体が大きくて丈夫ですから。ちょっとくらい平気ですっ」

にっこり笑う小夜の顔を、少年が戸惑いがちに見上げる。

「…いいの?お姉ちゃんが寒いでしょ?僕ならもう寒さには慣れてるから…」

言いつつも、暖かく柔らかいカーディガンの表面を少年はそっと撫でた。

「私のほうこそ、寒いのには慣れてますよ。ほら、ちゃんと袖を通しましょう。そのほうが暖かいですからね」

笑って少年にカーディガンを着せてやっている小夜に、朱里は小さくため息をついた。

寒さに慣れなんて、ないだろうに。
誰だって寒いものは寒いに決まってる。

ひゅうっと頬をかすめていく冷たい風に、朱里はさらに重いため息を吐いた。

前では半袖になり腕を出した小夜が気丈にも笑っているが、微妙に肩の辺りが震えているのが見て取れる。

(…ちっくしょう。しかたねぇな)

決意の色を瞳に浮かべて、朱里は大きく深呼吸をした。

そのまま勢いよく自らのコートを脱ぐと、小夜と少年の頭にそれを無造作に投げかける。

コートがなくなった途端、猛烈な寒気に襲われたが、すぐ側に二人の目があるので平然としてみせなければならなかった。

「朱里さん?」

「………?」

目をぱちくりさせて、頭にコートをかぶった二人が朱里を見る。

黒い長袖のシャツ一枚となった朱里は、軽く腕を組んで(実は寒さを少しでもしのぐためだったが)、少年に顔を向けた。

「お前はそのコート着てろよ。んで小夜はちゃんと自分の着とけ。こんな季節に半袖なんて馬鹿してたら、お前ら絶対風邪ひくぞ。言っとくけど、また病人の世話なんて、俺は嫌だからな」

不適に笑って小夜に目を向けると、身に覚えがあるのだろう彼女は申し訳なさそうに顔をうつむけた。

「うぅ…気をつけます」


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