一際高い声が辺りに響いて、今まで朱里の後ろに立っていた小夜が前に出てきた。
驚いて目を見開く朱里を尻目に、小夜は周りを見渡してさらに言葉を続ける。
「私も朱里さんも皆さんに迷惑をかけたくてここに来たんじゃありません!私が無理を言って朱里さんに連れてきてもらったんです。だから全部の責任は私にあるんです!それにっ…」
一呼吸おいて小夜は言葉を紡いだ。
「朱里さんは皆さんが思ってらっしゃるような方じゃありません。誰よりも優しくて、誰よりも暖かい心を持った人です。だから…私はどんなことを言われても構いません…。でも、朱里さんのことをこれ以上悪く言うのはやめてください!」
強い口調で言い切った小夜の肩はかすかにだが震えていた。
自分をかばうように前に出た小夜の後ろ姿を見て、朱里はなんともいえない感情に包まれる。
「小夜…」
そっと震える肩に手を置くと、こちらを振り返った小夜の大きな目には涙がたまっていた。
それがこぼれないよう小夜は口を固く閉じて耐えているようだ。
「ばーか、なんて顔してんだよ…」
朱里は軽く涙を拭うように小夜の目元をこすってやった。
「でも…ありがとな」
普段ほとんど人に対して怒ったり強く言ったりしない小夜が、この大勢の中で喋るのにはどれほどの勇気がいることだっただろう。
今もまだ震える肩がその勇気の大きさを物語っている。
朱里の言葉を聞いて、うつむいた小夜がぷるぷると首を振った。
その頭を軽く叩いてやりながら、朱里が周囲に視線をめぐらせる。
二人を囲む町の人間たちはまだ鋭い目をこちらに向けていた。
勇気を振り絞って出した小夜の思いは届いていないようだった。
以前よりもピリピリした空気が、朱里の背中に嫌な汗を浮かばせる。
「…黙って聞いてりゃ調子に乗りやがって。俺たちゃそいつがガキの頃からずっと見てきてんだよ!人の物盗んで満足してる糞みたいな奴だ!何も知らねぇお前がとやかく言うんじゃねえ!!」
一人の男が叫んだのを皮切りに、周囲の人間は完全に暴徒と化した。
「出ていけ!数日でもこの町にいさせてたまるか!!」
「出ていけ!今すぐ出ていけ!!」
立ちすくむ朱里と小夜に人間の壁は容赦なく詰め寄ってくる。
「出ていけ!出ていけ!出ていけ!」
鼓膜に延々鳴り響く拒絶の言葉。
朱里は徐々にぼうっと頭がかすんでくるのが分かった。
まるで膜でもかかったように、目に映る人間の顔が霞んで見える。
「お前はどこに行っても邪魔者なんだよ!!」
その"邪魔者"という単語に朱里が我に返ったときだった。
「――朱里さんっ!」
叫ぶ声がして、突然目前に小夜が飛び出してきた。
瞬間、がっ、という嫌な音がこの大音響の中確かに聞こえて、朱里は見開いた目を小夜の消えた自分の足元に向ける。
そこにはうずくまって地面に手をついている小夜の姿があった。
「小夜…?」
恐る恐るしゃがみこみのぞき込むと、右手を額に当てた小夜の横顔が見えた。
その手の間から頬にかけて流れているものは、一筋の赤い…。
「さっ…」
無意識のうちに両肩を掴んで顔を向かせていた。
手で押さえてはいるが、その頬から細い顎にかけて一本の線のように垂れているのは、間違いなく小夜自身の血だ。
「おまえっ…」
「へ、平気です。大したことないですよ…」
血を流しながら口許を緩ませる小夜の側には、拳大の石がひとつ、何が起きたのか証明するように転がっていた。
「…………」
――石が当たったんだ。
俺をかばって代わりにこいつに…。
あいつらが投げた石が小夜に怪我をさせた…。
「…そうか…」
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