はっ、と笑って肩をすくめてみせる朱里に、痩せぎすの男が囲んだ円から一歩前に出て言う。
「いい大人だからだよ。てめぇみたいな汚れた奴に居つかれちゃ、この町まで汚くなっちまう。せっかく何年も時間と金かけて町きれいにしたって、お前なんかがいちゃ意味がねえんだよ!」
男の言葉に同意するように、周りの人間も朱里たちに一歩詰め寄った。
みな口々に朱里へ悪態をつき、中にはひどく興奮して拳を宙に掲げている者までいる。
(…やべぇな。こいつもいるってのに逃げ出せそうもない)
完全なる人の壁を見渡し、朱里は側にいる小夜の顔にちらりと目をやった。
前髪に隠れてその表情はよく見えないが、きっと怖がっているだろう。
自分の厄介事に何の関係もない小夜を巻き込んでしまった申し訳なさが、朱里の胸を痛めた。
(とりあえずここから抜け出すことに専念しねぇと…)
そうは思うのだが、自分たちを囲む人間の壁は簡単に崩れそうもない。
それどころか、壁と朱里たちの間は徐々に狭まってさえいる。
「お前みたいな、人の物盗むしか能のねぇ奴は生きてる意味もねぇんだよ!!人様に迷惑かけてばっかで何の役にも立ちやがらねぇ!!あげくに平気な顔して町に戻ってきやがる!!」
そう叫ぶ者もいれば、
「早くこの町から出とってくれ!一歩だって足を踏み入れてほしくない!」
そう言って指を差してくる者もいる。
ただ一様にみな同じ目をしてこちらを睨んでいた。
――汚らしい。
はっきりと嫌悪を映した瞳は、朱里だけでなく小夜にまで注がれている。
それが嫌で自分の後ろに小夜を隠すが、周りを囲まれているため完全にかばい切れるはずもない。
(…なんとかして、こいつだけは…)
四方八方から自分を突き刺す言葉の嵐に、朱里は拳を強く握って前を向いた。
「ちょっと待てよ!俺だって別にここに長居するつもりはない。ほんの数日いるだけだ。何もまたあんたらに迷惑かけようっていうんじゃないんだからさ」
言ってさらに強く拳を握った。
「それにこれは俺だけの問題であって、こいつにはまったく関係ない!こいつのことは放っといてくれよ」
言葉の波に飲まれないよう大声で喋りかける。
一瞬場は静寂に包まれたが、一人の男の言葉でその空気が破られた。
「その女もお前と一緒にいる時点でまともじゃねえんだよ」
どこから聞こえたのか定かでないが、確かにその言葉は周囲に響き人々の耳に入った。
その途端、周りの小夜を見る目つきが以前にも増して鋭くなったのに朱里は気付いた。
「確かにまともな奴ならお前とは関わろうとしない。やっぱりその女もろくでもねぇんだ。だからお前の側にいるに違いねえ」
「類は友を呼ぶっていうとおり、お前ら二人とも薄汚い存在には変わりねえよ!」
口々に皆が叫び出す。
「ちょ…待てよ、なんだよそれ!こいつは関係ないって言ってるだろ!!」
朱里がどんなに否定し訂正の言葉を投げかけても、一度破られた静寂はもう元には戻らない。
今度こそ抑えのきかない罵詈雑言が一気に朱里たちに襲いかかった。
「お前もその女もまとめて消えちまえ!」
「っやめろよ…!」
どこを見回しても目に映るのは、興奮して歪みきった形相で自分たちを罵る顔ばかり。
「やめろ…ほんとに小夜は関係ないんだ!」
どんなに言葉を尽くしても、それは周りを取り囲む怒声の数々にかき消され誰にも伝わらない。
(…どうすりゃいいんだよ…)
あまりの自分の無力さに、朱里が歯を食いしばったときだった。
「もうやめてください!!」
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