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しばらく進むとにぎやかな町の喧騒も聞こえてきて、人の姿もちらほら見えるようになってきた。ぽつぽつと出店も開かれているようだ。

「あっ、甘くていい匂いがしますよ朱里さん!!」

今にも匂いを追って駆け出しそうな小夜の襟首を掴んで朱里が制止をかける。

「待て待て待て。さっき朝飯食ったばっかだろうが。しかもむやみやたらに走り出すなよ、また転ぶぞ」

言って周囲を見渡す朱里の目前には、開けた道が左から右にかけて真っ直ぐ伸びている。
様々な種類の出店が所狭しと並び、そこを歩く人の数も朝だというのにずいぶん多い。

「ここがこの町の中心地なんですね。お店がたくさんあって楽しそうですっ」

早くも小夜は目的を忘れているらしい。辺りをきょろきょろ見回しながら、すっかり観光気分に浸ってしまっている。

「朱里さんっ、あのお店に入ってみませんか?いっぱい面白そうな物が置いてありますよ!!」

興奮気味に店のある方向をブンブン指差す小夜に、朱里は昨日に引き続き二度目のチョップを食らわせた。

「こんのアホ!!お前は何しにここに来たんだっつうの!」

先ほどよりわずかに重めのチョップに、小夜が頭を押さえて朱里を見上げた。

「えっと、宝物の情報集めに…」

その返答にうむ、とうなずいて朱里は再び問いを投げかける。

「つまり面白そうな店に入る必要は?」

――もちろんないよな?

有無を言わせぬ朱里のオーラに、小夜はしょぼくれて小さく「はい」と返事をするしかないのだった。




直線に伸びた大通りを歩きつつ、情報を得るのに手頃な人間を目で探す。

若者よりはある程度年をとった人間のほうがいいだろう。
そう考えながら道の中央を行く朱里のすぐ隣には、同じように首をせわしく動かして懸命に適当な人間を探す小夜の姿があった。

(…不思議なもんだよな…)

小夜の横顔を眺めながら、朱里は思う。

(まさかこの道を誰かと一緒に歩くときが来るなんて、思いもしなかった)

小夜は朱里の側にいるのが当たり前のような顔をして歩いている。
今更ながら朱里にはそれが不思議に思えてならなかった。

自分がこの町で一人きりじゃないなんてことが、ありえるなんて。

自然と視線が、道の端にある建物と建物の隙間の薄暗い空間に向けられる。

そこにはもちろん何もないし、誰もいない。
ただ清々しい朝にはふさわしくない暗闇が、ぽっかり口を開けているだけだ。

(昔はずっと、あそこから眺めてるだけだったからな…。こんな明るい場所、自分にはとても生きていけないと思ってた…)

一生自分は暗い闇の中に一人ぽっちなのだと。

ただ押し黙って、胸に流れ寄せてくる寂しさの波を、膝を抱えて必死にやり過ごすしかないのだと。

そう、思っていたのに…。


「朱里さん、朱里さんっ」

明るい声に名を呼ばれて我に返ると、無邪気な笑みをたたえた小夜が朱里の顔を見上げていた。

「あの、ぜひ私に情報集めさせてくださいませんか?頑張ってたくさん集めますので!!」

そう言って気合いを露わにする小夜の顔は、朝の陽射しを浴びてキラキラ輝いている。

その眩しさに目を細めて朱里は無意識にうなずいていた。

「ああ…」

「では頑張ってきますね!!」

朱里の了解を得てさらに嬉しそうな笑顔をこぼし、近くの通行人のほうへと駆けていく小夜。

その流れるような亜麻色の髪が揺れる後ろ姿を朱里は見つめる。


…ほんとに、こんな日が来るなんてな。


空を見上げれば明るい太陽の陽射しが朱里を照らしていた。

物陰から眺めていたときには決して浴びなかった暖かい光が、今は自分を包み込むように降り注いでいる。


ずっと欲しかったのは、自分の側に誰かがいてくれる日々。

この明るい世界を誰かと共に歩いていける毎日。


あの暗くて冷たい闇の中でずっと求めてやまなかったものが、今はすべて自分の元にあった。

「やっぱ、来てよかったのかもな…」

少し離れたところで一人の中年女性に声をかけている小夜の姿を見ながら、朱里はかすかに微笑んだ。

この町を訪れたおかげで、改めて自分の大切なものが再確認できた。

彼女が自分にとって何よりもかけがえのない存在なのだと自覚できた。

(…まぁ、あいつには絶対そんなこと教えてやらねえけど)

第一キャラじゃないしな、と苦笑を浮かべる。


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