第2章

記憶の中の町





カレストイの町は周りが開けた平地に位置していた。
さほど高い建物がないせいか、空がいつもより大きく壮大に見える。

「うわぁ、すごくきれいな町ですね」

町に入ったときの小夜の第一声がこれだった。

しっかり舗装された道を歩く二人の眼前には、夕日でオレンジ色に染まった風景が広がっている。
特にこの町の建物はレンガ作りのものが多いため、夕日に照らされると暖色の鮮やかさが際立ってなんとも幻想的だ。

朱里がぼんやりと家々の煙突から立ち上る煙を眺めていると、すぐ横で「あっ」と小さく叫んで小夜が突然駆け出した。

「おいっ」

引き止めようとするも、そのまま20メートルほど先まで行ってしまう。

どうしたのだろうと見ていると、どうやら道の左方向に何かを見つけたようだ。
小夜はしばらくじっとそちらを見つめていたかと思うと、今度はこっちに嬉しそうな顔を向けてきた。

「朱里さんっ!!素敵な場所を見つけました!」

「はぁ?」

早く早くとばかりに手を振ってくる。

その姿はかなり目立っているため、周りの通行人の視線も相当集めているのだが、当の本人はまったく気にならないらしい。
…というか、そもそも気付いてすらいないんだろうな…。


朱里はやれやれ、と頭を掻くと小夜の呼ぶほうに足を向けた。

「あーあ、あんなにはしゃいじまって…」

遠くからでも分かるほどの小夜の笑顔に、朱里もここに来て初めての笑みをこぼす。


こいつとなら、この町にいても…。

そう思ったときだった。



「…朱里?」

思わぬ方角から自分を呼ぶ声が聞こえた。


振り返ると二人の中年男たちがこちらを食い入るように見ていた。

一人は不精髭を生やした頬のこけた男で、もう一人はそれよりも全体的に大きい筋肉質な体つきの男だ。

この町の人間らしい男たちは、訝しげに朱里の顔をジロジロと観察した後、その髪の毛に視線をとめてわずかに目を見開いた。

「その珍しい銀髪…」

髭づらの男の呟きに、朱里の心臓がドクンと疼く。
考え込むような男の表情に、知らず知らずの間に朱里は唾を飲み込んでいた。


早くここを立ち去ったほうがいい。

頭が警告しているのに、足はまるで動かない。
地面に縫いつけられたかのように、ただ立ち尽くしているばかりだ。


そのとき、不躾に視線を浴びせかけていた男のうち体の大きいほうが、朱里の恐れていた一言を口に出した。


「お前、昔ここに住みついてた汚らしいガキじゃねえか…?」


鈍器で殴られた後のようなひどいめまいが自分を襲うのが分かった。


俺を覚えてる奴がいた…。

そう思うだけでひどく心が波立ってしまうのに、さらに男たちの突き刺すような視線が動揺を呼ぶ。

「そうだ間違いない。あの薄汚れた生意気なガキだ」

「今さら何のこのこ戻ってきやがった。てめぇの居場所はここにゃねえんだよ」

心底汚らしいものでも見るかのような目に、朱里は思わずたじろいでしまった。

昔と同じ目が自分を見ている。

逃げるように一歩後ろへ後ずさる。


あの、まるでゴミ屑でも見るような冷たい目で…。


さらに一歩下がろうとしたとき、思いがけず背中が何かにぶつかった。


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