すっかり明るさの戻った小夜に包帯を巻いてもらうと、朱里は大きく伸びをして立ち上がった。

「チカの様子でも見に行くか?」

小夜もこくりと頷いて立ち上がる。


通路に繋がる扉を開くと、すぐ目前にクロウとキースが、まるで直前まで扉に耳を当ててましたと言わんばかりの体勢で佇んでいた。
朱里の姿を目に入れた途端、ばつが悪そうな顔になる。

「…お前らな」

朱里が口を開きかけたところで、クロウが慌てたように後ずさった。

「ちっ、違うよ!俺じゃなくてキースが…!」

「人のせいにするなよ。中の様子が気になるって盗み聞きしようとしたの、お前だろ」

クロウの横でキースが淡々と告げる。するとクロウは言葉に詰まって、さらに一歩後退した。

「…で?なんかいいもんは聞けたか?」

朱里の言葉に首を左右に振るクロウ。

「な、何にも!兄ちゃんが姉ちゃんに大告白してたのなんて、全然聞こえなかったよ!」

クロウの横でキースが「あ、馬鹿」と呟く光景は、以前どこかで見た覚えがあった。

「へえ…、聞いてたわけか」

クロウがさらにちぎれんばかりに首を横に振る。

「クロウ」

朱里に名を呼ばれたクロウは、反射的にさっと背筋を伸ばして姿勢を正した。

「は、はいっ!」

「お前には今日から一週間、昼食と夕食の調理当番を命じる。キースも一緒にな」

途端に子どもたちから、悲鳴が上がった。

「ええ!なんでそんなチカみたいなこと言うんだよ」

「しかも、なんで俺も一緒なわけ?」

同じように唇を尖らせて自分を見上げてくる2人に、朱里は笑って言ってやった。

「男ならつべこべ言わない。調子悪いリーダーに代わって皆を守るのが、お前らの役目だろ?」

朱里の言葉に、クロウとキースは渋々ながらも頷いたのだった。





チカの部屋へ向かう途中、ふいに朱里はぴたりと足を止めた。
後ろを歩く小夜を振り返る。

「――そういえば小夜」

「はい?」

首をかしげてくる小夜に、朱里は懐から取り出したものを差し出す。

「これなんだけど…」

「えっ、何なに?」

すかさず横からクロウが割って入ってきた。
こんなときばかりはさすがに邪魔以外の何者でもない。

クロウは朱里の手の上のものを興味津々という風にじっと見つめていたが、

「うわ、汚え」

ぱっと顔を歪めて引っ込めた。

何が汚いんだ、と朱里も少々苛立ちながら、自分の手の中のものを見る。
そして。

「うわっ」

思わず声を上げてしまった。

朱里の手の上にあるのは、小さなひとつの髪留めだった。
朱里が小夜に渡すため遺跡から持ち帰ってきたものだ。
琥珀色の透き通った石がちりばめられた、綺麗な髪留めのはずだった。

だが、それが今では。

「兄ちゃん、まさかそれ姉ちゃんにあげるつもり?」

横に立つクロウが怪訝そうに眉を寄せて言った。
朱里は言葉に詰まる。

今朱里の手の上に転がっているのは、元の色など見る影もないほど変わり果てた汚い髪留めだった。

炎の中で何度も握り締めていたせいだろう。黒く渇いた血と煤にまみれてしまって、すっかり光沢が失われている。

今の今までまったく気付かなかった自分は、どれだけの間抜け者なんだろう。
とてもこんな代物を小夜に渡すことなどできない。

慌てて手を引っ込めようとする朱里を制して、そのとき白い手が髪留めに伸びてきた。

手に取ったそれをしばらく眺めて、手の持ち主、小夜は朱里に視線を留める。

「これを私に?」

「あ、いや、そう…思ってたんだけど、でも…」

思わず視線を逸らしてしまった。

汚いからいらないです。
そう突き返されるのが容易に想像できた。

やっぱり炎の中に投げ捨ててくればよかった。
軽く後悔の念に苛まれているとき、小夜が呟いた。


「二度目のプレゼント、ですね」


朱里は視線を戻す。

小夜は微笑んでいた。
とても嬉しそうに、手の中の髪留めを眺めながら。

「一度目はネックレス。二度目はこの髪留め」

そっと髪留めの表面を撫でる顔には、嫌悪感や不快感など微塵も浮かんでいない。
それどころか小夜は大事そうにそれを抱いて、溢れんばかりの微笑みを湛えていた。

「宝物がいっぱいで嬉しいですっ」

とてつもなく幸せだとでも言う風に、小夜は無邪気な笑みを向ける。
思わず呆気に取られてしまった。

まさか髪留めの表面を覆う汚れが見えてないわけではないだろうに。

「姉ちゃん、そんな汚い飾りが宝物でいいわけ?」

朱里の言葉を代弁するかのように、横からクロウが口を挟んだ。

小夜は頬を緩めたまま、首を縦に振る。

「汚くなんてないですよ。朱里さんの気持ちがいっぱいつまった、素敵な宝物ですっ」

言うと、小夜はそっと朱里の両手に手を重ねてきた。

「ずっと握っていてくださったんですよね…」

不器用に巻かれた包帯の上から伝わる、ほのかな温もり。
それがじわりと胸の奥に浸透していく。


「ありがとうございます。ずっと大切にしますね。――約束です」

小夜はそう言うと、朱里の小指にそっと自分の小指を絡めてみせた。

それは約束のしるし。

自分を見上げて嬉しそうに小夜が笑う。

朱里も口元を緩めて、小夜の小指を握り返した。



新しく交わした約束を、小夜は守ってくれるだろうか?


その答えは、自分に向けられた小夜の瞳を見れば明らかだった。



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