その後幾度も、上から瓦礫が崩れ落ちてきた。
その度に朱里は身をかわし、背に負ったチカをかばいながら作業を続けていた。
もう手の平はズタズタだ。
皮はむけ、血なのか煤なのか判別できない黒い汚れにまみれている。
すでに手の平の感覚はなかった。
その分痛みも麻痺しているため、作業はやりやすかったが。
額に浮かんだ玉の汗が、頬を伝い顎に流れる。
周囲の温度はかなり上昇している。
朱里たちのいる場所を除いては、ほぼ空間のすべてが炎に包まれていた。
もう時間がない。
鼓動が早まる。
焦るな、と自分に言い聞かせても、すぐ側で炎が上がっていれば自ずと気持ちが乱れてしまう。
そんなとき朱里は、懐に入れた髪留めを握り締めて自分を落ち着かせていた。
大丈夫だ、きっと大丈夫。
そしてまた作業に戻る。
少しずつ確実に瓦礫の山は小さくなっていき、ついに床が見える状態まできていた。
「あと少しだ…」
瓦礫を掴む腕にほとんど力は残っていない。
今はもう気力だけで腕を動かしていた。
「こいつを除ければ、道が見えてくるはずっ…」
一際大きな瓦礫を掴み、力を込める。
「…っ動け、動けよ…!」
しかし瓦礫はぴくりとも動かない。
「これで最後なんだ!頼むから動いてくれっ…」
震える腕に最大限の力を込めても、瓦礫は動かなかった。
朱里の腕から力が抜け落ちる。
そのときだった。
がたん、とその瓦礫が音を立てて揺らいだ。
驚く朱里の耳に、どこからか声が聞こえた。
「…もう少し…す。もう一…」
なんと言っているのかは分からない。
だがその声はこの瓦礫の下から聞こえてくるようだ。
瓦礫が再びわずかに動いた。
「……っ」
朱里はもう一度瓦礫に腕をかける。
残されたすべての力を腕に注いで、今度こそ瓦礫を強く押し出した。
がたん、と大きな音を立てて瓦礫が除かれたのは、その直後のことだった。
床にぽっかりと開いた穴。
その向こうには――。
子どもたちやアンナと力を合わせて瓦礫を押しのけると、その向こうから赤い光が降り注いだ。
突然の眩しさに小夜は目を細める。
赤光の中ぼんやり浮かび上がっているのは、見慣れた相棒の姿だった。
「朱里…さん…?」
朱里は光を背に、驚いた顔でこちらを見下ろしていた。
きっと小夜も同じような顔をしているに違いない。
小夜は心底びっくりしていた。
今の光景は、まさにあの夢を再体験しているようだった。
光に包まれた朱里が、暗闇の先で小夜を待っていてくれる。
なんとも不思議だが、あの夢はこのことを暗示していたのかもしれない。
顔中煤だらけの朱里の背中では、チカが眠っているのが見えた。
隣でアンナが安堵の息を漏らす。
小夜は朱里に手を伸ばすと、
「…おかえりなさい」
朱里とチカの生還に、相好を崩して微笑んだのだった。