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第1章
噂の導き手
「うぅ、さびっ」
コートの前をしっかり締めて、目の前には暖炉の火がこれでもかというぐらい燃えているにもかかわらず、朱里は一人部屋の中で震えていた。
まだ季節は秋の半ばだ。
さほどの寒さではないはずだが、どうやら朱里には相当堪えるらしい。先ほどからずっとこの体勢のまま動く気配もない。
「…あいつ、よくこの寒空の中外出る気になるな…」
縮めた首を窓のほうに向けると、黄色く色づいた枯れ葉が風に乗って飛んでいくのが見えた。
"あいつ"とは言うまでもなく、朱里の相棒を務める小夜のことである。
宿に閉じこもったまま出ようとしない朱里を見兼ねて(かどうかは分からないが)、一人宝の情報を求めて外に飛び出していったのだ。
相棒らしく役に立ちたいという思いを、じっとしていられない性格が後押ししたのかもしれない。
一人で街を歩かせるのに多少の不安はあったが、
(まぁ、大丈夫だろ。あいつもそろそろ"警戒する"ってことを覚えたはずだ。うん)
楽観的に考えて悠長に構えている朱里だった。
しばらくして予想どおり何事もなく小夜が戻ってきた。
先ほどと数ミリも変わらぬ恰好で朱里が迎える。
「よぉ、お疲れ」
暖炉の前で軽く手を上げると、部屋の入り口に立っていた小夜が思いがけずこっちに駆け出してきて、朱里にぶつかる直前で床にしゃがみこんだ。
「ただいまです、朱里さん!!」
「…おっ…まえ、もっと普通に帰ってこい!驚かせんなよ」
ひそかにドキドキしている胸を押さえつつツッコむと、妙に瞳を輝かせた小夜が身を乗り出してきた。
朱里の鼻先まで顔が近づいてくる。
「な、なんだよ…」
黒目がちの大きな瞳を囲う繊細なまつ毛さえはっきり見えるほどの超至近距離に、さっきとは違う意味で朱里の鼓動が早鐘を打つ。
下手すればその吐息まで届いてきそうだ。
(や、やばい…)
朱里の背中を変な汗が伝い始めるが、
「朱里さん、聞いてくださいっ!!」
当の小夜は興奮しているためか、朱里の焦り顔には一切気づかず、さらに詰め寄ってくる始末…。
もはや朱里はのけ反り状態である。
「きっ聞いてる!聞いてるからもっと離れろってーー!!!!」
軽く絶叫に近い叫び声が宿にこだました。
お互いにようやく気持ちが落ち着いたところで、二人は宿の一階にある食堂の席にて話を再開した。
朱里はちゃっかり、食堂に一つだけあった簡易式ストーブを自分の側に移動させて暖をとっている。
「──で、何があったんだよ」
朱里の問いに嬉しそうな顔で口を開きかけた小夜だったが、何を思ったのか逆に質問を返してきた。
「何があったと思いますか?」
「はぁ?何がって、もったいぶんなよ」
「当ててみてくださいっ」
弾んだ声で言って、なんとも楽しそうにこちらを見つめる小夜。
朱里は仕方なく、前で微笑む小夜の様子を観察しながら考えを練り始めた。
(…さっきから妙に嬉しそうなんだよな…。こいつがこんな顔して喜ぶ事といったら…)
「分かった!なんか美味いモン見つけたんだろ」
間違いない、これは美味い食べ物に出会ったときの顔だ、と自信満々に答えるが、返事はノー。