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第1章
出会いは突然訪れる
「あてっ」
見事に顔から地面に倒れこんだ小夜に手を差し出して、朱里は頭をぽりぽり掻いた。
これで何度目だろうかと思う。
周りの家々の屋根の向こうにのぞく山はすっかり赤く染まっている。
季節はもう秋だ。
今はまだいいが、陽が沈んでくると徐々に肌寒くなってくる。
そろそろ小夜にも何か暖かいコートを買ってやらなければと考えながら、朱里は地面に座りこんだ小夜を引っ張り起こした。
彼女はまだ、半袖にカーディガンという格好である。
「お前、今日はやけにこける回数多くねえか?ちゃんと起きてんのかよ、もう昼すぎだぞ」
こつんと指で小夜の額をつつくと、小夜はへらへらと笑って歩き出した。
後ろから見ていても、その足取りは危うい。ふらふら右へ左へ揺れている。
注意してその横を歩いていると、またしても小夜は自分の足に引っかかってバランスを崩した。
倒れそうな小夜の二の腕をつかんで支えた朱里は、あることに気づいて小夜の顔をのぞきこんだ。
「…なんか、やけに熱くねえか、お前」
ぽわーっとした小夜の額に手をやろうとしたところで、小夜が朱里に抱きついてきた。周りに人はいなかったが、ここは街のど真ん中である。
「おいっ!!お前何してっ…」
慌てて離そうと、小夜の小さな肩をつかんだ朱里は、確実にその体が熱を持っていることに気づいた。
「朱里さ…、なんだか目の前がぐるぐるして…変な感じです…」
朱里に体を預けたまま小夜がぽつりと呟く。
今度こそその額に手を当てた朱里は、あまりの熱さに驚いて小夜の顔をのぞきこんだ。
「すげえ熱だぞお前!?こんなんでよく歩けたな。とりあえず宿屋行くぞ。歩けるか?」
ぼうっとしながらもこくこく頷く小夜の手を引いて、朱里は宿屋へ急いだ。
触れている小夜の小さな手はずいぶんと熱い。
ベッドに横になると、小夜はすまなさそうな顔をして朱里を見た。
先ほど測った小夜の体温はなんと39度もあった。これでよく外を歩けたもんだと朱里は思う。
「あの、すみません…ご迷惑かけてしまって。すぐに治しますから…」
ほんのり赤くなった顔で小夜が言った。
ベッドの側に立ったまま朱里は答える。
「いいから、とりあえず今は寝てろよ。辛いんだろ」
「はい…」と返事をした小夜のベッドの脇に、朱里はそのまますとんと座りこんだ。
目をぱちくりさせる小夜を訝しげに見て彼は言う。
「なんだよ?俺がここにいちゃ悪いか?」
「い、いえ。むしろいてくださったほうが嬉しいです」
慌てて答える小夜の顔をのぞきこんで朱里は笑った。
「絶対そう言うと思ったんだ、お前」
側にいる朱里の存在を感じながら小夜は目を閉じて、深い眠りへと落ちていった。
小夜が眠っている間に、何か栄養のありそうなものを買ってこようと、朱里は宿屋を出て商店に向かった。
食べやすそうな物がいいだろうな。
頭に果物が浮かぶ。
これなら料理がまったくできない朱里でもなんとかなりそうだ。
大きな通りに出て、彼は辺りを見回した。
「果物屋、果物屋」
道にはずいぶんと人が多く、背伸びしなければ店が見えない。
朱里が目を細めて遠くのほうを見ているときだった。
一人の男が朱里の側を通りすぎた。
気づいて後ろを振り返ったが、人の壁に立ちはだかれてその男の姿はすでに見えない。
見間違いだろうか。
「あいつがこんな所にいるわけないよな。第一、あいつはもう…」
朱里とすれ違った男の顔を、彼は覚えている。
それはまさしく、紫音に瓜二つだった。
男が消えた跡に、朱里は何か不吉なものを感じるのだった。