「…私に話してくれたこと、何もかも嘘だったんですか…?」

自分の目の前で悲しそうにこちらを見つめる瞳に、アールは顔をうつむけさせた。

「嘘じゃない…。守るだけじゃなく、本当に小夜様を幸せにしたいと心から思ったんだよ…。だけどごめんね、もうできそうにないみたいだ。僕は君を傷つけてばかりだから…昔も、今も」


どうして自分は小夜様を悲しませてばかりなのだろう。

アールの口が自嘲的に歪む。

幸せにしたいと、確かに願ったはずなのに。


「小夜様の心を汚してごめん…」



ぽつりと呟かれたその言葉に、小夜は激しく自分を嫌悪した。

「…違う。違います。そうじゃないんです…!!私はアールの思ってるような子じゃない」

驚いてこちらを向くアールの視線を避けて小夜は続ける。


「私の中には汚い思いや…欲だってたくさんあります。アールに守ってもらう資格なんて、本当はないんです。…11年前のあの日、私がお母様を助けられなかったのは、心の中の汚い部分が出てきたせいもあるんです…。お母様がいなくなったら、毎日をびくびくして過ごさなくてもいいんだ、あの冷たい牢屋の中で暮らさなくても済むんだ…って。だから私は剣を取らなかった…」

話しながら周りの反応が怖かった。

前にあるアールの顔が見られない。
後ろには朱里さんもいる。

二人はどんな顔で私を見ているの…?

「私はきっと皆よりずっとずっと汚くて…、こんな私のためにアールには傷ついてほしくない。汚れてほしくないんです」

言って目をぎゅうっと瞑ると、頭に誰かの手が触れた。

見上げれば微笑んで自分を見下ろしている朱里の顔。

軽蔑するわけでなく、何もかも…罪さえも受け入れてくれる優しい笑顔。


大丈夫だよ。


それを見た途端涙が溢れそうになって、慌てて小夜は言葉を続けた。

「私はちゃんと一人で歩いていけます。誰かの手を借りなくても、この足でしっかりと前に進めるんです」

「小夜様…」

「あんたもさ、誰かを守るためとか言ってねぇで、そろそろ自分のために歩き出したらどうだよ?その中で守るものができるのはいいことだと思うぜ、俺は」

自分に注がれる二つの強い意志を宿した瞳に、アールは小さく苦笑した。

「自分のためか…。そんなこと、考えてもみなかったな」

敵わないな。

自分を見つめる朱里の顔に、ふとそう思う。

どうやら自分が思っていた以上の人物だったようだ。自分には太刀打ちできない。

やれやれ、と苦笑を浮かべたまま、アールは前に立つ少年に尋ねてみた。

「ねえ朱里くん。君は自分の道を見つけたのかい?」

その問いに朱里はポンポンと小夜の頭を軽く叩くと、

「まぁな。今こいつと歩いてる最中だよ」

さらりと答えを返したのだった。



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