小夜の絶叫にアールの気が逸れ、わずかだが剣を握る手が緩んだ。
そこをすかさず朱里が手刀で叩き落とし、落ちた短剣を部屋の隅に蹴って流す。
そのまま食らわされた体当たりで、アールは床に倒れこむ形になった。
「朱里さんっ…」
不安げな小夜の元まで戻った朱里は笑ってみせた。
「サンキュ。助かった」
実際小夜の声がなかったら相当やばかっただろう。
感謝の意をこめて頭をポンポン叩いてやると、泣きそうな顔で小夜がその朱里の手をぎゅうっと抱き締め小さく呟いた。
「…よかった…」
普段の朱里ならばこの小夜の手を、間違いなく恥ずかしさからすぐに取り払っているだろうが、今はただ小さく笑っているだけだ。
「お前も、無事でよかったよ」
そう呟いたときだった。
「…ずっと、僕だけの物だったのに…」
二人の背後でアールの静かな声がした。
床に座り込んでうつむきがちな顔を二人に向け、アールはさらに独り言のように続ける。
「昔からずっと小夜様は僕の物だった…。なのに、こんな見ず知らずの奴に取られるとはね。全部何もかも父のせいだよ。あんな女一人殺したくらいで国外追放なんて馬鹿げてるだろう?もっとも、その愚かな父は国とともに消え失せたけどね。自業自得だよ」
言ってアールはふふっ、と笑う。
「…ひどいです…」
ポツリと出た小夜の言葉に、ようやくアールは顔を上げた。
その口には薄ら笑いが浮かんでいる。
「ひどい?そんなことを僕に言う小夜様だって十分ひどいよ?だって、すべては小夜様のためにしたことなんだから」
わずかにアールの笑みが悲しげな色に変わったが、小夜は顔をうつむけて黙り込んでしまったためそれにも気づけなかった。
「てめぇ、よくもそんなことっ…」
アールに掴みかかろうとする朱里の服の裾を小夜が握って制す。
振り返って見た小夜は、首を力なく横に振っていた。
アールがさらに続ける。
「僕にとっては、この世界で唯一小夜様だけが汚れていない。汚れにまみれた世界で、小夜様だけは純白な存在であり続けてるんだ。それを守るためなら僕はどんなに傷ついたっていい。この両手が血に染まったってかまわない」
両こぶしを強く握ったアールの顔は、もう笑っていなかった。
揺らぎのない瞳が小夜の姿を捉える。
「小夜様を守り通すために、あの薬は必要だったんだ。きっと体が自由になれば小夜様は君を探しに行ってしまうだろう。そうなったら僕にはまた手の届かない存在になってしまう…。それだけは絶対嫌だった。側にいられないくらいなら、薬のせいで弱っていく姿を見ているほうが、ずっとましだ」
「その薬のせいで死んでもいいって言うのかよ!!」
朱里が叫んだとき、背後の小夜が口を小さく開いた。
「…あれは…嘘だったんですか…?」
震える腕でベッドに手をついて重い体を前に進める。
「私の夢を…現実にしてくれるって…、幸せにしてくれるって笑ってくれたのも…全部嘘、なんですか…?」
這いずるようにベッドから下りようとする小夜を朱里が制すが、小夜は首を振ってそれを拒んだ。
案の定バランスを崩して床に体ごと落ちる。
「おい、大丈夫かよ!?」
「平気です。これくらい…」
なんとか自力で体を起こした小夜は、ゆっくりとアールのほうへ近づいていく。
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