背中を支えて起こし、湯気の立つホットミルクを差し出すと、嬉しそうに小夜が微笑んだ。
「ありがとうございます、いつも私のために…。頑張って早く元気になりますね」
しかしアールはその顔を直視できない。
ただ口元に微笑みを貼りつけたまま、小夜の唇に近づいていくカップを見つめる。
ぼんやりと、自分はいつまでこんなことを続けるのだろう、と考えたときだった。
「小夜っ!!」
大きな音を立てて部屋の扉が開かれた。
それはアールにとっては、何もかもを壊してしまう災厄の音。
のろのろと後ろを振り返ろうとするアールとは反対に、足音は全速力でこちらに駆けてくる。
「こんなもん小夜に飲ますんじゃねぇ!!」
側で大声が響いて、小夜の手から弾かれたカップが床に中身を撒いて転がった。
見上げれば自分を思いきり睨みつけてくる翡翠色の瞳。
「朱…里、さん…?」
呟かれた小夜の声に朱里はアールを押しのけ彼女の背中を支えた。
「小夜、平気か?」
のぞきこむように見た小夜は、信じられないというように目を見開いていたが、次第にその顔がくしゃくしゃになり、
「朱里さ…朱里さんっ…!!」
大粒の涙をボロボロと流し出した。
「どうした!?どっか痛いとこでもあんのか!?」
それを慌てて朱里が手で拭ってやっている。
床に投げ出されたアールの目にはそのすべてが見えていた。
泣きながらも嬉しさに顔をほころばせる小夜の姿は、今まで見たことがないくらい綺麗だ。
だけど、その笑顔が向けられているのは自分ではない。
小夜は自分のことなど少しも見はしない。
いや、きっと存在すら忘れているに違いなかった。
今までは、自分だけの物だったのに。
二人を見るアールの目から光が失われていく。
こいつが現れたせいで、何もかもめちゃくちゃだ。
こいつが僕からすべてを奪っていくんだ…。
漆黒に染まった瞳は、今はただ朱里の背中にだけ視線を注いでいた。
朱里さんが私の目の前にいる。
夢ではないかと疑ったけれど、こぼれ続ける涙を拭ってくれる優しい手つきに、これは現実なのだと実感できた。
もうとっくにこの街にはいないと思っていたのに。
自分は置いていかれたのだと……だけど違った。
伝えたいことはたくさんあるのに、嗚咽が邪魔して言葉にならない。
大好きです。
ずっとずっと会いたかった。
また、一緒に連れていって――。
ああ、なんてもどかしい。
どうしたら今の自分の気持ちを伝えられるのだろう。
そのとき、朱里の体ごしに動くものが目に入った。
アールだ。
アールには謝らなくちゃいけない。
一緒には行けないって。
ううん、それだけじゃない。
謝らないと、昔のことも…。
アールの罪は私の罪だから。
「アー…ル…」
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