私の目の前までお母様が来たとき、突然後ろの扉が開かれた。
立っていたのは私が誰よりも大好きな、大好きな人。
私は嬉しくてにっこり微笑んだ。
その人、アールの手には無造作に、鞘から抜き放たれた白銀の刃が光っていた。
光景が浮かんで、小夜はまぶたを固く閉じた。
思い出したくない。
これ以上"昔の自分の罪"を――
「あいつが買いこんでたのどれだっけ」
棚にずらりと並ぶ薬のビンを一つ一つ眺めながら、朱里は真剣に考え込んでいた。
あそこまで風邪の治りが遅いということは、飲ませている薬が全然効いてないとしか思えない。
(…なのに腕に抱えてるの全部同じ薬だし…。もっと試しにしろんな種類の風邪薬買ってみりゃあいいのに)
ぶつぶつ文句を吐きながら、風邪薬が置いてある段をさらに目で追う。
「これじゃない…これでもねぇ。もっとラベルの色がピンクの…」
頭の中にしっかりインプットされている薬のビンを探すが、なかなかぴったり合うものがない。
どうやら風邪薬の段にはないようだ。
「……?まさかあいつ…間違って便秘薬とか飲ませてんじゃねえだろうな?」
まさかとは思いつつも、朱里はキョロキョロと周りを見回した。
店の隅のほうに置いてあったピンクのラベルのビンが目に飛び込む。
近づいて見てみると、まさしく先ほど男が抱えていた薬と同じ物だった。
「これだよ、これ。しっかしあいつ、何の薬と間違えてんだ?」
ひょいっとビンを持ち上げ何気なくラベル裏を見てみた。そこには薬の成分や効果などが記載されている。
しばし視線を走らせた後、突然朱里の目が大きく見開かれた。
そのままビンを棚に戻し、店の外を振り返る。
「…あん畜生っ…」
震える声で呟いた後、彼は一目散に外へ駆け出していった。
部屋に戻るとベッドに横になったままの小夜が笑顔で迎えてくれた。
「ただいま、小夜様」
「おかえりなさい」
どうやら体を起こす力はないようだ。
それでも無理に起き上がろうとするのをやんわりと制止して、アールは部屋の隅にある簡易型のキッチンに向かった。
先ほど買い足した大量の薬のビンの中から一つの封を切る。
三粒ほど錠剤を取り出して、液体に溶けやすくなるよう細かく砕いて粉塵にした。
小夜はホットミルクが好きだった。
大抵はきれいに飲み干してくれる。
食欲がない今でも、このミルクだけは確実に摂取してくれるのだ。
少し熱めのホットミルクに、アールは砕いた薬をすべて流し込んだ。
それまで無表情で作業をしていた彼の顔が、一瞬だけ曇る。
「…これでいいんだ」
誰にも聞こえない小さな声で呟いて、アールはカップを持って小夜の元へ戻っていった。
その顔に微笑みの仮面をつけて。