話し終えると小夜はうかがうようにアールの顔を見た。

自分の下手くそな説明で分かってもらえただろうか。
朱里さんの元に戻ることを許してくれるだろうか。

様々な不安が頭に浮かび、それはアールの返答を聞くまでに重く胸にのしかかってくるようだった。

なかなか答えは返ってこない。アールは何か考えているようにしばらくの間、うつむけた顔を小夜のほうに向けなかった。

「あの…アール?」

沈黙と自分の中に積もってくる不安に耐え切れなくなったとき、小夜は恐る恐るアールに声をかけた。

「私、朱里さんのところに…」

言いかけたとき、アールの顔がぱっと上がった。

反対される、と身構えた小夜に、しかしアールは寂しそうな笑顔を見せただけだった。

「…しかたないよね。今はその朱里くんと旅をしてるんだから。僕が割り込む隙なんて元々なかったんだものね」

再びうつむけてしまった顔はどんな表情を浮かべているのか分からなかった。

だが、アールの肩が気落ちしたように垂れているのを見て、小夜は胸の奥のどこかがかすかに疼くのを感じた。

「ごめんね、小夜様。何も知らずにこんなところに連れてきたりして。彼の元に送ってあげるべきだったんだね。つい君に会えてすごく嬉しくて…ずっと会いたかったから。ごめんね…」

零れるようにアールの口から出た言葉は、その瞬間に空気に溶けてしまうかのような儚さに包まれていた。

慰めるべき言葉も見つからず、ただアールの男性にしては頼りなさげな細い首筋を見つめる。

胸の奥にじわじわと罪悪感のようなものが生まれてくるのが感じられた。


本当に悪いのは誰なのか。

自分と、そしてアールの人生を狂わせたのは一体誰だったのだろう。

なぜ今もなおアールは苦しんでいるのだろうか。


あの頃はすべてが平和で、アールも父もそして母も幸せそうだった。

光で満ち満ちた明日を誰もが信じて疑わなかった。

そんな日々に終わりがくるなんて誰が想像した?


小夜は自分の足元にうなだれる、昔自分の世界の中心だった人を見つめた。

“ごめん”なんて謝る必要はないのに。

アールは被害者なのだ。

確かに母を殺したのはアールだが、今は単純に彼を責め立てることなどできない。

彼をその行為に駆り立ててしまった原因は、自分にあるのだから。


熱のせいか身震いがする。気づくと手の平にじっとりと汗をかいていた。

頭の中の嫌な考えを拭うように、手の平を寝巻きの端にこすりつけた。
どうやら熱のせいだけの汗ではないらしい。

小夜がだるそうなのに気づいたアールは、彼女を横にさせようとしたが、小夜はそれを拒んだ。

「大丈夫ですこれくらい。それより私、行かないと…」

アールの許しは出た。

あとは朱里がいるであろう宿屋の部屋に戻るだけだ。少しふらつきはするが、歩くのに支障はない。

「でも小夜様…、今の君は自分ではよく分からないのかもしれないけれど、結構ひどい状態なんだよ。熱もまだ下がってないし…」

「だけど…」

「とにかく小夜様は安静にしてなきゃ。彼のことなら僕に任せて。僕が彼のところに行って事情を説明してくるから。彼に迎えに来てもらおう、それが最善な策だと思うよ」

にっこり笑うアールは昔と同じように小夜の心を落ち着かせ安心させた。

アールに任せれば何もかも上手くいく、と思わせてくれる。

私はこの笑顔に甘えてばかりいたんだな、と小夜は感慨深く目を細めた。

大人しくベッドに横たわった小夜に軽く微笑んでから、アールは身支度をすぐ済ませ部屋の出口へ向かった。

「ありがとう」

アールの背中に小夜が声をかける。

自然と口をついて出た言葉だったが、その一言に小夜の気持ちのすべてが含まれていた。




一人になってからも小夜は繰り返し頭の中でその言葉を反芻した。

ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。

本当は「ごめんなさい」と言わなければいけなかったのに。

謝るべきなのはアールではなく自分のほう。

アールにあんな酷い行為をさせた自分が悪かったのだ。

そう、すべてを狂わせたのは私。


「…ありがとう…」


なのに自分の非を認めて謝罪することができない自分は最低だ。

「ごめんなさい」の代わりに「ありがとう」で誤魔化しているずるい自分。



ベッドの中からかすかに嗚咽が聞こえてきた。

その間々に「ありがとう」という呟きのようなものも聞こえたが、ほぼ何と言っているのか分からなかった。



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