「…あなたは間違っています…。たとえどんな理由があっても、人を傷つけたり、その命を奪うなんて…絶対に許されないことです」
そんな小夜の頭を、アールは愛おしそうに撫でた。
「小夜様は昔と変わらないね。優しい人だ。だけどそんなあなただから、他人をかばって傷つきやすい。僕はね、小夜様を守るために今も昔も君の側にいるんだよ。これからだってそうだ」
アールのいなくなった部屋で一人、小夜は毛布を抱いて震えていた。
何かにしがみ付いていないと、恐怖でおかしくなってしまう。
アールは自分を手放してはくれない。自分は元の場所には戻れない。
「…朱里さ…助けて、朱里さん…」
今しがみ付きたいのは本当はこんな毛布ではない。
このままだと自分は光を見失ってしまう。闇に飲み込まれてしまう。
その夜、小夜はいつまでも朱里の名前を呼び続けていた。
「…ちくしょう…」
四日目の朝、朱里は意味もなく毒づきながら、すっかり詳しくなった街の中をだらだらと徘徊していた。
眠れない夜が続くせいか、目の下にはうっすらと隈ができている。
朱里は今、心底途方に暮れていた。
探すとはいっても情報は皆無、ただ歩き回るばかりの毎日だ。あまりの辛さに涙も出ない。
このままこの街で年老いていくのかな、などとやけくそ気味に思ったりもする。
「ちくしょう…」
本日二回目の文句を垂れながら、朱里は店の並ぶ大通りへと出てきていた。
まだ朝も早いためか、人通りはずいぶん少ない。
無意識に道行く人の中に小夜の姿を探していた朱里は、ある男の横顔に視線を留めた。
「あれは…」
前回と違い今は見失うことはない。
その男の顔は紫音とそっくりだった。
ただ紫音よりもだいぶ年上だろう。身長も高めだ。
男は両手に食材などの大荷物を抱えて歩いていた。
朱里はその男の元へ駆けていく。
「なあ、あんた」
「え?」
突然声をかけられて、男は驚いたような顔で朱里を振り返った。
「あんたもしかして、ハンガルの紫音の親戚かなんかか?」
「紫音…?」
「あ、悪ぃ突然。あまりにも似てたからつい」
頭を掻きながら、朱里は男の顔をちらっと見上げた。
男は、顔は紫音に似ていたが、雰囲気はまったく違っていた。こちらのほうが落ち着いた感じだ。
少し困った表情で男は言った。
「残念だけど、その人とは何の関係もないよ。そんなに似てたかな、その人と僕は」
朱里がこくりと頷く。
「ごめんな、忙しそうなとこ邪魔して。それにしてもずいぶん荷物多いな。買いだめ?」
「ああ、うん。新しい仲間ができたからね」
にっこりと嬉しそうに笑って去っていく男の姿を、朱里は後ろから見送った。
…俺は仲間を失くしちまったのにな…。
少し男をうらやましく思う。
自分も初めて小夜と出会ったときは、いろんな店を回って帰りには荷物を山ほど抱えていたものだ。
朱里は自分の手の平を見つめた。
「…今は、なんにもないや…」
独りは負担もないけれど、その代わり希望や温もりも存在しない。
一緒に歩いてくれる者がいないのは、こんなに恐ろしいことだったのか。
幸せそうに笑う男の顔を思い出して、朱里はようやく気づいた。
俺は一人になったんだ――。