第2章

過去の扉が開く





小夜が突然消えてから、もう二日が経っていた。

その間朱里は街の隅から隅まで駆け回り、辺りの人に手当たり次第訊いて回ったが、全員首を横に振るばかりだった。

小夜の姿は言葉のとおり、忽然と消えてしまったのだ。


これだけ探して見つからないのだから、もう街の外へ出てしまっているんじゃないだろうか?

自分もここを出て、ほかの街を探したほうがいいんじゃないか。

二日目の夜、小夜の戻ってこない部屋の中でふとそう思った。

しかし小夜が自分から出ていったのならば、探されるのは迷惑以外の何物でもないだろう。

唯一残された小夜の荷物が、朱里の胸をちくりと刺した。

もうあいつは帰ってこない。

頭の中に浮かんで消えないその言葉が、さらに彼の胸に深く突き刺さる。

それでも朱里はまだこの街にいた。彼の中の"もしかしたら"という思いが、出発を思い止まらせ、その足をここに縫い留めていた。

――もしかしたらまだこの街の中にいて、どこかで身動きが取れなくなっているのかもしれない。

この思いは可能性というよりは、願望に近いものであった。


そして三日目も朱里の努力が報われることはなかった。


*****



「…………!!」

なにか嫌な夢で小夜は目を覚ました。

内容は起きた瞬間忘れてしまったが、口内に苦味が広がっているような何ともいえない嫌悪感だけは残っていて、小夜を暗鬱とさせた。

ベッドの上に上半身だけ起こして小夜は息を整える。

まだ体はだるく熱も残っているようだったが、それでも幾分か気分は楽になったようだ。

大きく深呼吸をした小夜は、部屋の中に朱里の姿を探した。

外で意識を失った自分をここまで運んでくれた礼と、何よりも朱里の存在を確認したかった。

月の光以外に光源がない部屋の中、奥のほうに机があって誰かが足を組んで座っているのがわずかに見えた。

「あっ」

小夜は探し物をやっと見つけられた子供のように、顔を輝かせて喜ぶ。

その声に気づいて彼は腰を上げ、小夜のいるベッドのほうにゆっくりと歩いてきた。

ベッドの側の窓からのぞいた月の光が、初めは彼の足元を、そして胴体、首と照らしていく。


そして。


「目が覚めたんだね」


月に照らされたその顔は落ち着いた笑顔だった。

優しそうな瞳で、彼は小夜を見つめる。
しかし小夜が微笑むことはなかった。

彼女の目の前にいるのは、朱里とは違う人物だったからだ。


いや、それだけではない。

その顔はすでに死んでしまった人物――紫音のものと瓜二つであった。


「…そんな…」


後に続く言葉はなかった。

そのかわり、過去の記憶が一気にフィードバックされた。


小夜の婚約者であり、わずかではあったが夫婦という関係だった少年。

とても真っ直ぐで純粋で、いつも小夜のことを大切に扱ってくれていた。

そして理由も定かでないが、死んだと告げられた少年。

そんな彼が今小夜の前に確かにいた。

「なにか食べるかい小夜様?お粥くらいだったら僕にも作れるよ」
 
そう言って紫音はにっこり笑った。

(…あれ…違う…)

小夜の記憶の中にある紫音の笑顔と今のそれとは、かすかだがどこか違っているような気がした。

たとえるなら、前者が暖かいミルクで、後者が少し熱めのコーヒーだ。

(それに、紫音さんは私のことを“小夜様”とは呼ばれないです…)

そうだ。

紫音はいつも名前を呼ぶとき、少し恥ずかしそうに「小夜」と呼んでいた。

――じゃあ、この人は誰?

小夜の不安そうな表情を読み取ったのか、彼は膝をついて小夜と同じ目の高さで尋ねた。

「お粥は嫌かな?それともお腹が空いてない?」

「い、いいえ。お粥好きです」

慌てて答える小夜に、彼は嬉しそうに顔を綻ばせた。

「小夜様は変わってないね。そうだ、後で見舞いの花を買ってくるよ。小夜様、昔から花が大好きだものね」

「え…」

――昔から?


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