洞窟は町外れと言っても、森を挟んだ向こう側に位置していた。
よって町からは完全に隔絶されている。周囲に人家は一軒も見当たらない。
だが道がないわけではないらしく、森の小道がきっちり整備されていて歩くのに支障はなかった。
しばらく歩いていると森が少し開けた空き地に辿り着き、目の前にはいたって普通の洞窟が口を開けていたというわけだ。
あまりにも簡単に見つけることができた朱里は、心なしか肩を落として見えた。
「なあ、ここだと思うか?」
側で洞窟を物珍しそうに眺めていた小夜が、それを聞いてうなずく。
「そうだと思いますけど」
「噂の洞窟がここだとしたら、今回はあてが外れたな。期待してたのに損したぜ」
朱里は悔しそうに頭を掻いて肩をすくめてみせた。
話の意味が掴めない小夜は首をかしげて洞窟を見る。
普通の洞窟だ。
朱里が駄目出しするような箇所は小夜には見つけられない。
「何やってんだ。帰んぞ」
振り向くと、朱里が小道に立って小夜を待っていた。
「でも中を探してみたほうが」
「無駄無駄。きっともうねえよ。こんな簡単なとこにあるんなら誰かがとっくの昔に見つけてる。俺らが入ったって二度手間なだけだ。帰ろう」
小夜は仕方なく朱里について今来た道を戻り始めた。
再び視界に森の緑が広がる。
そんなとき、突然朱里が足を止めた。
「朱里さん?」
朱里が見ている前方に目をやると、そこには人影がふたつほどあった。
その人影もこちらに気づいたのか、歩みが止まる。
しばらく沈黙が続き、そしてそれを破るかのように人影の体が大きいほうが「あっちゃー」と呟く声が聞こえた。
その瞬間、朱里も重々しいため息をついた。
「こんなとこに来てたのかよ…」
町に戻った朱里、小夜、そして謎の二人は小さな広場に立ち寄っていた。
そこでは子供たちが元気に走り回る姿も見られる。
朱里はベンチに座る謎の二人組を見下ろして尋ねた。
「なんでまたこの町に?」
図体のでかい男が答える。
「理由はない。そっちこそなんでここに?そっちのお嬢ちゃんはお前の連れか?」
「ああ。そういえばまだ紹介してなかったっけ。小夜、この人は俺の師匠。んで、その隣が師匠の相棒のジライだ。二人はトレジャーハンターなんだよ」
二人を順に指しながら朱里は言った。
一人は髭を無造作に生やした、いかつい顔の筋肉質な大柄の男で、もう一人は前髪が長く表情が読み取れない細身の影が薄い男だった。
朱里に師匠と呼ばれたのは前者のほうだ。
小夜は慌てて二人それぞれに頭を下げると、
「私はマーレン国第一王女の小夜と申します。あ、でも今は朱里さんのお仕事の相棒をさせてもらってまして、よろしくお願いしますっ」
その言葉に朱里の顔はひきつり、師匠は目を丸くした。
ジライは前髪のせいでどんな顔をしているのか分からない。
「…王女?王女って言ったか?」
口を金魚のようにパクパクさせる師匠に朱里が慌ててフォローを入れるが、ごまかしきれるわけもなく話は思わぬ方向に転換した。
数分後。
「つまり、嬢ちゃんはあの今は無きマーレン国の王女だったってわけか!いやー若いのに大変な苦労してきたな。えらいえらい」
照れる小夜の頭を大きな手でわしわし撫でながら、師匠はすっかり感動してしまったらしい。その手には濡れたハンカチが握られている。
「朱里がいろいろ迷惑かけてるだろう。こいつ口は悪いし生意気だしでなー、昔はずいぶん手ぇかかったもんだ。おい朱里!お前嬢ちゃんにワガママ言って困らせてんじゃねえか?」
「してねえよ、そんなこと!!」
慌てて朱里は否定した。その顔は昔の自分のことを話されたせいか赤くなっている。
小夜はその二人のやり取りを見て、嬉しそうに微笑んだ。
「朱里さんはいつもすごくお優しいですよ。私を気遣ってくださっているのが、とてもよく分かります」
それを聞いて師匠は軽く涙ぐんだ。
「嬢ちゃんはいい子だなあ」
ちょうどそのとき、それまでは黙ってベンチに座っていたジライがぽつりと呟いた。
「…いい…」
ほかの三人が同時にそちらを向く。
するとジライは立ち上がり、小夜の前に進み出た。
「完璧だよ君。その童顔といい、温和な性格といい、すべて僕が求めていたものだ。もしよければ写真の一枚でも撮らせてくれないか」
目を丸くする小夜の手をがしっと握って彼は言った。
前髪の間から覗いている目は、好奇心で爛々と輝いている。
「大丈夫。悪いようにはしないから。すべて僕に任せてもらえば…」