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第1章
再 会
空には大きな入道雲がひとつ浮かんでいた。
道行く人々はすっかり薄着になって、もう夏の訪れを感じることができる。
道の側の木々は、太陽の光を浴びて青々しくその青臭さまで感じられそうだ。
梅雨も明け、いつの間にか夏の季節になっていた。
時が過ぎるのは早いもので、あの事件からすでに四ヶ月の月日が流れたことになる。
精悍な顔立ちをした17歳の少年朱里は、後ろの少女を振り返った。この少女のほうはなんともあどけない、可愛らしい容姿を持つ16歳で、名前を小夜と言う。
この二人は四ヶ月前、ある二国を巡る争いに巻き込まれ──小夜のほうはその中心人物だったが──今ではこのようにあてのない平和な旅をしている。
もちろん目的がないわけではない。
朱里はトレジャーハンター、いわゆる泥棒であり、世界を回って財宝を探すのが仕事であり、それに小夜も付き添っているということなのだ。
ちなみに、小夜自身は朱里の相棒のつもりなのだが、朱里がどう思っているのかは明らかでない。
小夜を振り返って朱里が口を開いた。
「そろそろ昼飯食いに行くか?腹減ったろ」
時刻はちょうど正午。
昼食時とあって食堂は人でごった返している。
二人はほかの男たちと相席になった。
朱里はA定食を、小夜はBハーフ定食を頼んで落ち着く。
「朱里さん、今日は何をして過ごしますか?ここの町はお店も多いようですので、お散歩なんてどうでしょう」
「んー、そうだなあー…」
小夜の提案に朱里が生返事をしたときだった。
相席をしていた男たち二人の会話が朱里と小夜の耳に届いた。
「でも噂だからな。本当のことかどうかは謎だよ。確かめに行った奴も、俺の周りにはいねえしな」
「なら俺らで行ってみるか?もしその本、手に入れたら俺ら大金持ちだぜ」
"金"という単語に朱里は反応した。
(なんの話だ?本がなんとかって言ってたけど)
一語一句聞き逃さないよう、耳をそばだてる。
男たちの会話はさらに盛り上がっていった。
「それ、いくらぐらいになるかな」
「億は軽く超すって!なんたって幻の──」
(幻の……!?)
朱里の胸がドキドキと高鳴っていく。
(幻のなんなんだ……!?)
「あのう、何のお話をしていらっしゃるんですか」
男たちも朱里もぴたりと止まって一方向を見た。
するとそこには場の空気が読めていない小夜が一人。
彼女は身を乗り出して男たちに尋ねる。
「おもしろいお話ですか?」
定食もまだ来ておらず、することもなくて暇だったのだろう。
あまりに男たちが楽しそうに話をしていたので我慢できなくなってしまったようだ。
「なんだ嬢ちゃん。興味あるのかい?宝の話なんだけどよ」
「はいっ。だってそれがお仕事ですから。ねっ朱里さん」
今度は一斉に視線が朱里に集まる。
朱里はうなずいて口を開いた。
「俺もその話、興味あるんだけど、よかったら教えてくれないか。俺、トレジャーハンターなんだ」
それを聞いて男たちは快く首を縦に振ったのだった。
「──洞窟?」
話によるとその宝はどうやら、町外れの洞窟に眠っているらしいということだった。
「本当にそんなものがあるのか?なんか嘘臭えけど」
きれいに食べ終わった皿が重ねてある机に肘を立てて朱里は呟いた。
あまりにそれらしすぎて信じがたい話だ。宝が眠るのは洞窟、という決まりルールでもあるのだろうか。
朱里は眉を寄せる。
しかし逆に小夜はさらに目を輝かせて男たちに尋ねた。
「それでどんな宝物なんですか?」
もう完全に信じこんでいる様子だ。
男のほうはなぜか自信に満ち溢れんばかりに答えた。
「錬金術の書だよ」
「なにぃ――!?」
朱里がいきおいよく立ち上がったせいで、彼の座っていた椅子が派手な音を立てて床に倒れた。
しかし朱里はそんなことは気にもせず、机に手をついて男たちのほうに乗り出す。
その目は大きく見開かれていた。
「本当かよそれ!!あの幻の錬金術の書がここに?マジで!?」
迫力に気圧されたように男はたじたじと答える。
「あ、ああ。噂だけどな」
火のないところに煙は立たない。それと同じように、意味のないものに噂は立たないのだ。
もちろん例外も少なからずあるわけだが、とりあえず朱里と小夜はその洞窟に行ってみることにしたのだった。