師匠の傍らにいたジライが小さな声で言った。

しかし眠っている者に気を遣ったわけではない。元々がこの声の大きさなのだ。

「どうするったってなあ…。小夜ちゃんの心配はたぶん心配し損だよ。見てて分かるだろ、朱里がこの子を大事にしてるってことは。けどあいつも素直じゃねえからよ。ったく小夜ちゃんにいらぬ心配かけさせやがって」

「…でも僕らがどう説明したって、この子の心配はなくならないよ。朱里がなんとかしなきゃいけない。けど…」

二人は同時にため息をついた。

「あいつの強情っぷりは、俺らが一番よく知ってるからな」


少しの間押し黙って窓の向こうに広がる闇を見つめていた師匠が、唐突に手を叩いてジライを振り返った。

「…どうしたの?」

その問いにニヤッと笑って答える。

「いいこと思いついたぜ。これで小夜ちゃんの悩みも解決できるし、上手くいけば俺たちも…。くぅー、俺頭いいなぁ。よしっ、明日にそなえて今夜は寝よう」

一人盛り上がる師匠を眺めてジライは呟いた。

「…自分の頭の中だけで解決しないでほしいなぁ」

この直後、二人は新たな問題に直面することになるが、とりあえず今は楽しそうだ。

数分後、ジライは自分たちの寝るベッドが一つしかないことに気づいた。


****



朝日が部屋に溢れ、ベッドの上で眠る朱里にも暖かな光を降り注いだ。

うっすらと目を開けると白い天井が見えた。

睡眠をたっぷり摂ったせいか、今朝の目覚めはすっきりしていた。

ベッドから降りると手早く着替えを済ませる。窓から見える空は快晴で、今日も暑くなりそうなことを朱里に伝えた。

部屋を出て食堂に行く前に隣の部屋をのぞいてみたが、小夜も子供たちの姿もなかった。

「最近あいつ、起きるの早いよなあ」

席に座って自分を待つ小夜の姿を想像すると、自然に頬が緩む。

朱里を見つけると、小夜はいつも嬉しそうに微笑んで言うのだ。

『おはようございますっ。今日もいいお天気ですよ』

しかしここで朱里は、自分が小夜になぜか避けられていたことを思い出した。

まだ今日も様子はおかしいままだろうか。
はぁ、とため息をつくと朱里は呟いた。

「今日は俺のほうから挨拶してみようかな」

本当は謝罪の言葉を口にするのが一番いいとは思うのだが、やはり今日もできそうにない。

食堂に入ると朱里は小夜や師匠たちの姿を探した。人は多くない。すぐに見つかるだろう。

しかし。


「あれ?」

どんなに辺りを注意深く見回しても、見慣れた人々を見つけることはできなかった。
首をかしげながら、とりあえず師匠たちの部屋を目指す。


扉を開けると、ただ事ならぬ表情をした師匠、三兄弟、ジライがいっせいにこちらを向いた。ジライだけは、相変わらず表情が読めなかったが。

「どうしたんだよ。何かあったのか?」

それぞれの顔を見回しながら中に入る。

そこで朱里は一人足りないことに気がついた。小夜だけがいない。また散歩にでも行っているのだろうか。

「朝飯もう食っちまったのか?なあ、おい」

反応しない彼らに少し苛立って、朱里は近くにいた師匠の顔をなかばのぞき込むようにして見上げた。

師匠は朱里と目を合わすとぽつりと呟く。

「大変だ…」

それしか言わない師匠に朱里が訊き返す。

「何が?」

師匠はゆっくりと顔を上げ、今度ははっきり答えた。


「小夜ちゃんが洞窟に行っちまった」


朱里の大きな目がさらに見開かれ、その瞳がじっと師匠を見る。

(洞窟…だって?)

窓の向こうに見える森に囲まれた町外れ。
そこに洞窟はある。



prev home next

12/25




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -