朱里は自分の両手を見つめてみた。
別段変わったところはないと思う。汚れてもいないし、いつもの自分の手だ。
ならばなぜ小夜は触られるのを嫌がったのか。
小夜のあの悲しそうな顔を思い出すと、自分が何か傷つけるようなことをしたのでは、と考えてしまう。
しかしいくら考えても答えが出ないのだ。
「どうすっかなー…」
こういうときは何も考えずに謝っておくのが一番だとは思うのだが、朱里は謝るという行為がとてつもなく苦手だった。
二度目のため息をつくと、彼は横になり目を閉じた。
周りはとても静かだ。物音ひとつしない。
いつもならばそれで全然かまわないのだが、今日は違う。隣の部屋から子供たちの騒ぐ声や音やらが聞こえてくるはずなのだ。
朱里は時計に目をやった。
「あいつらが寝るには早すぎだよな」
不思議に思いながらも、やってきた睡魔に朱里は意識を失っていった。
隣の部屋には、小夜も子供たちもいなかった。
彼らはそろって師匠とジライの部屋にいた。
「何があったんだ、小夜ちゃん。心配事があるんなら誰かに話してみたほうが楽になるぞ。な?」
うつむいて椅子に座っている小夜を師匠、ジライ、そして子供たちが囲む。
彼らは一同に心配そうな顔で小夜の様子をうかがっていた。
ただジライだけは陰気な前髪のせいで表情が読み取れないが。
突然泣き出した小夜を、子供たちは慌てて師匠の部屋に連れて行った。
自分たちではどうにもできないが、師匠なら、大人ならきっとなんとかしてくれると思ったからだ。
この点が、この兄弟と朱里との大きな違いだろう。
なぜならあの頃の朱里は前にも記したように、大人を信用するということがなかったからだ。
長男トムはじっと小夜の長いつややかな髪が流れている背中を見つめた。
すると髪の毛がさらりと揺れた。小夜が顔を上げたのだ。
「…ご迷惑おかけしてすみません。私は大丈夫ですから…」
消え入りそうな声で小夜が言った。師匠は息をひとつついて、
「あのな…"大丈夫"って言葉は、ほんとに大丈夫な奴が言うことだ。今の嬢ちゃんはとてもそんなふうにゃ見えねぇけどな。それに迷惑かけたっていくら嬢ちゃんが言っても、俺らがそう思わなけりゃそれは迷惑じゃねえんだよ。俺らは好きで小夜ちゃんの心配してんだから、小夜ちゃんは弱音吐いたって、愚痴こぼしたっていいんだ」
優しい声音に小夜は安心する。
「師匠さん…」
「思い出したけど」
珍しくジライが途中で口を挟んだ。
「昔…朱里にも同じこと言ってたよね。あれからだっけ、朱里がずいぶんと愚痴っぽい性格になったの…」
それに師匠は「うるせえ」とつっこみ、子供たちはくすっと笑った。
しかし小夜は反対に朱里を思い出して涙が出た。
「どしたの、小夜姉!」
トムたちの小さくて温かい手を背中に感じる。
小夜はたまらなくなって心の中にずっとためていた言葉を吐き出した。
「怖い…怖いです。独りぼっちになりたくない…嫌われたくないっ。ずっと…、一緒にいたいのにっ……ふえっ」
あふれる涙を手でこすりながら、まるで子供のように小夜は泣きじゃくる。
子供たちが背中をそっとさすってくれて、さらに泣けてきた。顔をのぞき込む師匠はとても心配そうだ。
「ずっと…朱里さんの宝物でいたかったですっ……ひっく」
あのときの幸せが今はまるで夢のようだ。
自分はどんな顔で笑っていた?
笑いたくても笑えない。
どうやって笑えばいい?
ぽん、と頭に手が置かれた。
大きくて力強い手だ。
節くれだっているけれど、それで居心地が悪いわけではなく、逆に安心できる感じだった。
(お父様と同じ手だ…)
見上げればこちらに向けられた温かい笑顔。
「小夜ちゃんの心配事はそれか。よし、俺たちが解決してやる。だからもう泣きやめよ。チビたちも泣きそうな顔してるからな」
そう言うと、師匠はわしゃわしゃと小夜の頭を撫でた。
小夜はにっこり笑おうとしたが、やっぱりできなかった。
泣きつかれたのか師匠の部屋のベッドでそのまま寝息をついて眠っている小夜を見て、師匠はふうっと息をついた。
小夜の側には子供たちも一緒に眠っている。
どうしても離れないと言ってきかなかったので、ここに寝させたのだ。
「どうやって解決するんだい…?」