何気なく立ち寄った公園に少年はいた。
ところどころに設けてある休憩用の椅子の側の地面に、ひとり膝を抱いてしゃがみ込んでいる。
太陽から隠れるように椅子でできた影に入り、しかし時折うらやましそうに上に広がる青空を見つめていた。
少年自身は陰鬱だが、その本心は陽光を求めているのだと思った。
だから、行動した。
「わっ!!は、離せっ!!おろせよっ」
じたばた暴れる少年の体はひどく軽い。
少年を抱えて歩きながらそう思った。
少年に必要なのは光なのだ、とも。
宿に戻ると相棒が目を丸くしていた。
「新しい旅の仲間だ、ジライ。お前名前は?」
少年は腕に抱えられたまま顔を逸らした。
仕方がないのでそのまま風呂に運び、ジライの替えの服を着せたがサイズが合うはずもない。
袖口から手が出ず、ズボンの裾を引きずっている少年の姿は今でも覚えている。
小奇麗な格好をさせてよくよく見ると、少年は可愛らしい顔をしていた。女の子かと思ったぐらいだ。
しかし外見とは裏腹に、少年は思った以上に荒んでいた。
すぐにいなくなったり、いるとしても、
「いつまでこんなの続けるのさ。いつオレを捨てるんだよ」
などと呟く始末だ。
「捨てたりしないさ」と答えると今度は大声で叫ぶ。
「うそだ!!そんなことあるもんかっ!!オレなんかいらないくせにっ!オレなんかいてもジャマなだけだって思ってるくせにっ」
そして必ず言う決まり文句がこれだ。
「大人なんか大っ嫌いだ!!」
少年の大人に対する概念は凝り固まっていた。
それを変えるためには時間がかかる。
少年が心を開かないまま、いつしか二月が過ぎていた。
その日は朝からどんよりと空が暗く、町には陰気な雰囲気が漂っていた。
少年はどこにいるのか行方が知れない。
しばらくすると雨もポツポツ降ってきた。
「ねえ。けっこう長いこと、この町にいるけど…どうしてだい」
呟くようにジライが尋ねた。
「ん、ああ。なんでだろうな。あいつが寂しがるからかな。ここはあいつの生まれ故郷だからな、好んで離れたくはないだろう」
「…僕だったら離れたいなぁ。いい思い出がない場所には、長くいたくないよ」
「そういうもんか?」
「うん…」
しかし、いい思い出がないわけではないだろう。
ずっと一人きりだったわけではない、はずだ。
だんだん雨がひどくなり、さらにそれは窓を叩きつけるほどになった。遠くのほうでは雷鳴が轟いている。
「おいジライ、俺ちょっと出てくるから」
「迎え?」
「まあな」
雨具を身につけ宿の外に出ると、雨と風とですぐに顔が濡れた。風のせいで視界が悪く、遠くまで見渡せない。
少年を探して道を駆け足気味で歩いていると、目の端に人影が映った。
少年と出会ったあの公園に人が何人かいる。ここからではそれしか分からない。
向かっていくと、状況が次第に見えてきた。声も聞こえる。
「いつまでこの町にいるんだよ、お前は。盗人に住みつかれたら、こっちが迷惑なんだ。分かってるのか?」
「最近、妙に小奇麗な格好になったからって、お前はお前だ。その卑しい性格は変わんねえんだぞ」
その二人の男の足元に転がっているものは――
「おい、やめろ!!何やってるんだっ」
叫ぶと二人は慌てて逃げていった。
地面に倒れ伏す少年だけが残される。
少年は助け起こされることなく、自分で起き上がった。しかしこちらを向こうとせず、地面に両手をついてうつむいている。
声をかけることもできずに側に立っていると、少年が呟いた。
「言ったろ?オレはどこでもジャマ者なんだ。あんただって、ジャマ者なんかいらないだろ。こんなオレなんかいらないだろっ…」
少年の小さなこぶしが土を握りしめる。その肩はわずかに震えていた。
肩を掴んでこちらを向かせると、悔しさと悲しさの入り交じった顔で少年は泣いていた。
雨がその涙と泥に濡れた頬を打つ。
「お前…。ずっとあんなこと言われ続けてたのか……そうか」
目の前でむせび泣く少年をたまらず抱きしめた。
その体は本当に小さい。
こんな小さな体で、たった一人少年は生きてきたのだ。
太陽の光に強い憧れを持ち、周囲の大人たちには嫌というほどこう言われる。
"お前が太陽になんてなれるわけがない"
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