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第2章
過 去
幼い頃の自分にはいろいろあったけど、悪くはない思い出だと思う。
今の俺は、あの生活の上に成り立ったもので、あれがなかったら…俺は、きっと――
「おはようございます」
食堂に入ると、席には師匠一人しか着いていなかった。
小夜は不思議に思いながらも、師匠と机を挟んで向かいにある椅子に座った。
「おう、おはよう小夜ちゃん。あいつら来ねえから先に二人だけで食っちまうかい?」
にっこり笑って師匠が言う。
「でも皆さんをお待ちしたほうが…。朱里さんはいつも私を待っていてくださるので、私もお待ちしたいです。それに皆で食べたほうが、食事が何倍も楽しくておいしくなりますよ」
それを聞いて師匠は嬉しそうに微笑んだ。
途端に彼の持つ雰囲気が優しそうなものに変わる。
「朱里もいい子に会ったなぁ」
意味が分からず首をかしげる小夜に、師匠が尋ねる。
それは彼がずっと気になっていることだった。
「小夜ちゃんは、このまま朱里と一緒に行くのでいいのかい?俺らトレジャーハンターって職は不安定なもんだ。いろんな場所を行き来して、ひとつの家を持たない。このまま朱里といても幸せになれるとは思わねぇ」
じっと小夜の顔をうかがい見る師匠に、小夜はあっさりと返答した。
「幸せですよ、私」
にっこり笑って続ける。
「たとえ生活が不安定でも、朱里さんが側にいてくださるのなら、私はずっと笑っていられます。私の幸せは朱里さんの隣にいることです。だから今はすごく幸せなんです」
そう言って微笑む小夜を、師匠はまるで太陽の光でも見るかのように目を細めて見つめた。
実際この子は朱里の光なのだろうと思う。
曇ることのないまばゆい光を、朱里は側に連れているのだ。
だからあんなに――。
「師匠さん?どうかなさいましたか」
はっ、と我に返った師匠は首を振って、
「いや、なんでもねえ。それより小夜ちゃん、面白い話をしてやろうか。面白いかどうかは分からねぇが」
なぜ彼がこの話をする気になったのかは分からない。
ただ、この娘にだけは話してもいい、と彼は思った。
それは遠い昔の話。
もう思い出となった話。
「俺が胸に秘めてても、仕方ねえからな」
彼が幼い少年、朱里に初めて出会ったときの話である。
最初に見かけたとき、その少年は腕に果物を抱えて、側を走り抜けていった。
そのときの印象は特にない。
周りの景色と同じで、目の端に映ったという感じだ。
どのくらいその町に留まっていただろうか。
もうだいぶ昔のことなので、記憶も薄れてきている。
だが唯一はっきりと覚えているのは、
「どうせ今だけだろ!!なら、いらないっ!!」
と告げた少年の強い瞳だった。
二度目に会ったとき、その少年は建物と建物の間の暗く湿った路地に倒れ伏していた。
まるでそこら辺に転がっている屑のようで、一瞬見ただけではそれが子供だとは気づかなかっただろう。
しかしそれは、わずかに動いていた。
駆け寄ると鼻につんとした臭いが届いた。
「おい、大丈夫か」
ぼろぼろの布きれをまとった少年の体のあちこちから、打ち身のような痣がのぞいており、顔には青痣ができていた。明らかに人為的なものだ。
臭いの出所は、少年を抱き起こしたときにはっきりした。
少年はあまりに惨めな姿だった。
髪の毛は伸び放題で、顔には痣とは別に泥や埃が付着している。口の端には乾いた血がこびりついていた。
「誰にやられたんだ」
尋ねるが少年はそっぽを向いて答えようとしない。
彼は肩に置かれた手を払いのけて、よろよろと壁を支えに立ち上がった。
立っても少年はずいぶんと小さく、頭のつむじがよく見えた。
そのまま路地の奥へと向かう少年を追いかけると、少年はそのか細い体とは反対に、力強い目でこちらを見上げ、
「来るな、同情するなっ!どうせ今だけだろ!!なら、いらないっ!!」
暗闇の中へ消えていった。
その後聞いた話によると、少年は孤児で、窃盗の常習犯であるらしかった。
あのときの傷は見つかってしまって殴られたのだろう。
そしてそれから何日もしないうちに、再び少年の姿を見つけることとなった。