少年たちは小夜と楽しそうに喋っている。
小夜が笑っているのを見て、朱里はなんとなく腹が立つ思いがした。
なぜか、わずかしか離れていないのに小夜を遠くに感じる。微妙な距離だけに声もかけづらい。
食事に専念していた師匠は、一度口の中のものを飲み下すと答えた。
「あいつらもお前と一緒だよ。三人兄弟でな、上からトム、キム、セム。どうも威勢がよすぎて、俺も手を焼いてるんだ。お前と似てるだろ、あいつら」
「似てねえよ。俺はもっと慎み深かったぜ」
それまで何も喋っていなかったジライが師匠の隣でぽつりと呟いた。
「…過去の自分を美化するのは仕方ないけど、しすぎはいけないよ、朱里」
口数は少ないが、ジライの言うことはいつも的を射ている。
それは時折、人をいらつかせるが朱里も例外ではない。元々彼は短気なのだ。
「悪かったな、美化しすぎてて!!人の話聞いてないようで、しっかり聞いてんのな、ジライは」
焼けくそ気味に魚のフライにかぶりつき、朱里はふと少年たちを見た。
三人ともまだ幼い。一番上で12歳ぐらいだろう。一番下にいたっては6歳ぐらいだ。
朱里は誰にも聞こえない小さなため息をついた。
(どうしてこういう子供が後を絶たないんだろう。知らないところでは、きっとまだまだいる。…俺が最後ならよかったのに…)
記憶の片隅にある昔の自分。
ぼろぼろの布きれをまとい、その布きれのように薄汚れたみじめな姿の自分。
昔の生活を忘れることは一生できないだろうと朱里は思う。
忘れてはいけないのだ、とも。
少し目を閉じて落ち着くと、彼は食事を再開した。
その耳に自然と少年たちや小夜の声が入ってくる。
「ねえねえ、今日は小夜姉も一緒に寝ようよ。いろいろ話聞かせてよ」
長男トムが言うと、小夜は微笑んで答えた。
「はい。みんなで寝ましょう」
「じゃあ、じゃあお風呂も一緒に入ろーよっ」
今度は次男キムが言う。
「はい。入りましょう」
そして次は三男坊のセム。
「洗いっこしよーねっ。小夜ねーちゃん」
「いいですよ、しましょうね」
朱里は顔をひくつかせながら、横に座るトムに言う。
「お前らな、小夜が断れねえ性格だって知って言ってんだろ。今の三つ全部却下だからな」
それを聞いたトムは眉根を寄せて朱里を見た。
そして呆気なく小夜に向き直る。
「ねえ、小夜姉とこの人ってどうゆう関係?」
「関係?ええとー…どういう関係でしょうか、朱里さん」
「俺に訊くな!!」
朱里はため息をついて食事に戻った。
だが子供三人がうるさすぎて、その間ずっと落ち着かない彼であった。
夜の外は昼とは違い、ずいぶんと涼しい。
窓の向こうを眺めながら、朱里は気持ちのいい風を受けて目を細めた。
景色は闇に沈んでいるが洞窟のある方向はどことなく予測がつく。
「気になるな…」
薄明かりの部屋の中に神妙な声が響いた。もちろん朱里の発した声である。
「師匠たちがあそこにいたってことは、やっぱり目的は洞窟…。一度しっかり中を調べといたほうがいいか」
呟いた彼の後ろで部屋の扉が開く音がした。
またいつものように小夜が来たのだろうか、と振り返った朱里の目に映ったのは足の裏。
派手に床の上に倒れた朱里を、三人の子供たちが見下ろしていた。
「うわー。よけると思ったのにー」
「カッコ悪い〜」
「わるい〜」
朱里は怒りに震えながらも自制し、起き上がって少年たちのほうを向く。そのこめかみはピクピクと動いている。
「お前らな、何しに来たんだ。小夜の部屋で寝るんじゃなかったのか?だいたいこんな遅くまで子供が起きてんなよな」
時刻はもうかなり遅い。子供ならばとっくに夢の中にいる頃だ。
実際、朱里がこの年の頃はもっと早くに就寝していたものである。
朱里の言葉に対し、長男のトムが頬をふくらませ、
「仕方ないだろ、小夜姉が先に寝ちゃって僕たち暇なんだからっ!ねえ、一緒に遊んでよ」
朱里の寝巻きの袖をぐいぐいと引っ張ってせがんでくる。
すると次男、三男もその真似をやり始めて、朱里は三方から引っ張られることになった。
彼にしてみれば、これはうざったいことこの上ない。
第一子供の扱い方など知らない朱里には、こういう場合どうすればいいのかまったく見当もつかない。
「とりあえずお前らは寝ろ。子供は寝て育つって言うだろ。ちゃんと睡眠とらねえとデカくなれないぞ」
「やだーっ!!遊ぶーっ!!」